動画で話したこと
動画では、東北のクマと人の事故を調べた論文を紹介しました。芯は「クマが増えたからだ」という説明では計算が合わない、という論じ方です。
論文は、2008年以降に全国で65,514頭のツキノワグマが殺処分されていること(2025年の急増を除いても年平均3000頭超)を挙げます。この期間に使える査読を通った頭数の推定は1つだけで、それに当てはめると毎年15から24パーセントを取り除いている計算になります。クマ属で記録された最大の増え方は年およそ20パーセント(アメリカクロクマが、完全に保護され、最適な生息地で、頭数が環境の限界よりずっと少ないときに達した値)で、著者は、取り除く割合がこれに近づくか上回る、と書いています。それだけ取りながら、全国の推定の4万2千頭超を保ち続けるのは人口学的にありそうにない、というのが論文の言い方です。
ただし、これは「クマは増えていない」と確かめたという意味ではありません。著者自身が、頭数の証拠はまばらでむらがあり、政策で使われている推定(約42,000頭、年14.5パーセント増)は捕獲数をもとにした計算で、その仮定には疑問が出ている、と書いています。
そのうえで著者が調べたのは、東北5県の森の食べ物です。動画の山場は、ブナの実りと代わりの食べ物の良し悪しで年を4通りに分けた数字でした。どちらも悪くない年は1つの県の1年あたり平均5.7件、ブナだけが悪い年は13.9件、代わりの食べ物だけが悪い年は7.1件、両方が悪い年は20.7件。足し算で見込まれる約15件を上回っていました。
動画で挙げた主な限界は、相関と因果です。これは県ごと・年ごとにまとめた統計どうしを突き合わせた観察研究で、クマを1頭ずつ追ってもいないし、実りを増やして事故が減るか試してもいません。
この記事では、別の軸を立てます。「2つの要因が重なると、足し算より効く」という主張を見たときに、読む側が何を確かめられるか、です。
最後に、前置きを1つ。以下はずっと数字の読み方の話になりますが、数えられているのは人が襲われた出来事です。論文は、2025年だけで全国で232人が被害にあい、うち11人が亡くなったという環境省の統計を引いています。記録に残るかぎり最も多い年でした。
何を、どの単位で数えた研究か
動画では「東北5県で、18年分の人身事故の記録を調べた研究です」と一言で済ませました。ここを本文にもとづいて開きます。
誰を、どう分けたか
この研究には、人やクマを2つの群に分ける手続きがありません。くじ引きもなければ、何かを与えたり止めたりもしていません。だから「割り付けどおりに比べたのか、実際に受けたかどうかで比べたのか」という区別も、ここでは出てきません。あるのは、すでに集められている公的な統計を、同じ物差しの上に並べる作業です。
並べる単位は「県かける年」です。青森、岩手、宮城、秋田、山形の5県について、1年ごとに1つの数字の組を作ります。事故のモデルで使われたのは2008年度から2025年度の18年分なので、5かける18で90組になります。著者が限界の筆頭に挙げている「90の県年のうち10」という言い方は、この90組のことです。
何を数えたか
事故は「件数」です。被害者の人数ではありません。著者はその理由を書いています。被害者の人数は、そのとき何人がその場にいたかという事情と、襲われやすさそのものを混ぜてしまう。出来事の数のほうが、クマと人がぶつかる割合をきれいに映す、という説明です。
この18年で数えられた事故は790件でした。そのうち251件、全体の32パーセントが、2023年と2025年の2年に入っています。
数字の出どころは環境省のクマ情報ハブで、2026年5月15日に更新された版を使っています。全国の殺処分の数も同じ出どころです。ここで大事なのは、全国の数字と東北5県の数字が別物だということです。65,514頭、4万2千頭超、232人は全国の数字。790件と、このあとに出てくる5.7件や0.38は東北5県の数字です。
ブナの実りを、どう点数にしたか
ブナの実りは、東北森林管理局のブナ開花結実調査(2025年版)から取っています。5県に散らばる145の定点で、毎年、人が目で見て点を付けます。樹冠の全体にあれば5点、上のほうだけなら3点、ごくまばらなら1点、無ければ0点。これを県ごとに平均して、0から5までの連続した値にします。初夏に花を、秋に実を見ます。
この調査自身の目安では、県ごと・年ごとの実りの点数が3.5以上なら豊作、2.0から3.5なら並、1.0から2.0なら不作、1.0未満で大凶作です。あとで出てくる0.38という線が、この目安のどこにあるかを覚えておいてください。
記録の始まりは県によって違います。青森、岩手、宮城は1990年から、秋田と山形は2004年からです。そのため著者は、2006年に何かが折れたという解析は、記録のそろう3県(青森、岩手、宮城)だけで行い、事故のモデルには5県すべてを使っています。同じ論文の中で、解析ごとに使っている県の数が違います。
代わりの食べ物を、どう代用したか
クマがブナの実り以外に頼る食べ物(下層の草、節足動物、やわらかい果実)については、直接数えたデータがありません。そこで著者は、人工衛星(MODIS の MOD17A2H)が測る純光合成量を使い、生育期のあいだの県ごと・年ごとの合計にしました。対象は2000年から2025年です。
この値はそのままでは使いません。県ごとに標準化したうえで、LOWESS という方法で長期の緩やかな動きを取り除いています(幅はおよそ13年分)。残るのは「その年が、その県のふだんに比べて高かったか低かったか」です。この処理をしたあとの値が、論文で PsnNetd と呼ばれているものです。
著者は、この値がブナの実りの動き(前年からの引きずりを考えに入れたうえで)とは直接つながっていないことを確かめ、2つを独立した食べ物の軸として扱っています。
どんなモデルに入れたか
事故の件数は、県ごとの差をランダム切片として持たせた負の二項の一般化線形混合モデルで扱っています。ふつうのポアソン分布ではばらつきが大きすぎたためで、分散を平均で割った値は14.1でした。年はパネル全体の平均で中心化してあります。推定値には95パーセントの Wald 信頼区間が付いています。
4つの平均と、「足し算なら約15件」
ここから、動画の山場の数字です。
論文は、県ごと・年ごとの組を、2つの食べ物の良し悪しで4つの箱に分け、それぞれの箱の中で事故の件数を平均しました。すべて「1つの県の1年あたり」の平均です。
- ブナも代わりの食べ物も悪くない年:5.7件
- ブナだけが悪い年:13.9件
- 代わりの食べ物だけが悪い年:7.1件
- 両方が悪い年:20.7件
論文は、この20.7件について「効果がただ足し合わされるだけなら見込まれる約15件を大きく上回る」と書いています。
その約15件がどこから来るのかは、上の4つの数字から追えます(この足し算はこの記事でしたものです)。土台は5.7件。ブナだけが悪いことで増える分は13.9引く5.7で8.2件。代わりの食べ物だけが悪いことで増える分は7.1引く5.7で1.4件。土台に両方を足すと15.3件です。実際の両方悪い年は20.7件でした。
著者は同じ段落で、生産力の低下はそれ単独ではほとんど効かないのに、ブナがすでに不作の年を急激に悪くする、と書いています。
ここで、この4つの数字について言えないことも書いておきます。
- これは4つの箱の平均を並べた比べ方で、この4つの平均そのものについて、論文は検定の結果を書いていません。
- それぞれの箱に県年がいくつ入っているかも、本文には書かれていません。20.7件が何組の平均なのかは、本文からは分かりません。
- 「悪い」の線引きのうち、ブナ側は、論文が危機の線として通して使っている0.38のことだと読めます。ただし本文は、この2かける2の分け方の線引きの値そのものは書いていません。代わりの食べ物の側をどこで切ったかも、本文には書かれていません。
- どちらも悪くない年でも、平均は5.7件です。ゼロではありません。
13.46 は、「事故が13倍」ではありません
動画では尺の都合で出せなかった数字を、ここで出します。論文がいちばん強い効果として挙げているのは、発生率の比 13.46 です。95パーセント信頼区間は 6.03 から 30.05、P 値は 0.0001 未満と書かれています。
この数字を読むには、まず何が1増えるときの比なのかを押さえる必要があります。
単位
論文は、実りの点数がある水準を下回ると事故が急に増える、という形(折れ線)を見つけました。水準(論文ではしきい値と呼ばれています)は0.38です。この記事では、以下「水準」で通します。実りと事故の関係を曲線で当てはめると直線からの外れが確認され(有効自由度2.27)、0.02刻みで水準を探して、当てはまりがいちばん良い点として0.38が選ばれました。
そのうえで著者は、「水準をどれだけ下回ったか」を新しい物差しにしました。定義は、0.38から実りの点数を引いた値(マイナスになる場合は0)です。論文ではこれを深さ(Sev)と呼んでいます。
13.46 は、この深さが1だけ増えたときの、事故の件数の比です。
換算
ここが要点です。実りの点数は0より下がりません。だから深さは、いちばん深くても0.38までしか動きません。0.1刻みで数えても、4つ分に届きません。つまり「1増えたとき」は、この研究のデータの中で実際に起きる動きではありません。
論文自身が、同じ文の中で刻みの細かい言い方も書いています。水準からさらに0.1下回るごとに、事故がおよそ30パーセント増える、という言い方です。13.46倍と約30パーセント増は、同じ推定を違う刻みで言い直したものです。実際の大きさを受け取るなら、後者のほうを使うのが安全です。
言い換えると、13.46 は「事故が13倍になる」という意味ではありません。「1」という、この変数が届かない幅の動きに換算した数字です。
同じモデルに入っているほかの数字
このモデル(論文では Me と呼ばれ、6つの候補の中から当てはまりの良さで選ばれたものです)には、ほかにも項が入っています。
- 代わりの食べ物(PsnNetd)そのものの効果は、発生率の比0.997です。100単位下がっても1.35倍にしかなりません。
- 深さと代わりの食べ物のかけ合わせ(交互作用)の係数はマイナス0.020です。ブナがすでに不作の年では、同じ100単位の低下が、およそ2.3倍にまで効くようになります。
- 年そのものの項は、発生率の比1.025です。これは、あとの「足し算より多い」の節でもう一度出てきます。
幅で見る:6.03 から 30.05 まで
推定値だけを見て終わりにしないための図です。
ブナの実りが水準を下回った深さと、事故の件数の比
まず横の目盛りを見てください。縦に立っている線が1です。ここが「差がない」位置になります。丸が推定値、横に伸びる棒がその幅です。
丸は13.46のところにあります。これが、実りが水準を下回った深さが1だけ増えたときの、事故の件数の比です。ただし前の節で書いたとおり、深さは最大でも0.38までしか動きません。1だけ増えるという動きは、このデータの中では起きません。
棒の左の端は6.03、右の端は30.05です。幅がこれだけ広いということは、この範囲の中の値なら、このデータと大きくは食い違わない、という意味です。下の端は推定値のおよそ2.2分の1、上の端はおよそ2.2倍にあたります(この割り算はこの記事でしたものです)。倍率の推定では、幅がこのように掛け算の向きに広がります。
幅が1をまたいでいない、という表示が出ます。ですが、これを「だから大きな効果が確かめられた」と読まないでください。読み取れるのは、深さが増えるほど件数が増える向きの関係が、このモデルの中では推定されている、ということまでです。幅の広さは、どれくらい増えるのかがまだ定まっていないことを示しています。
論文は同じ文で「0.1下回るごとに約30パーセント増える」という言い方もしています。こちらには幅が付いていません。幅のある数字と、幅の書かれていない言い換えが並んでいるときは、幅のあるほうを手がかりに読むのが安全です。
| 実りが水準を下回った深さが1増えたときの、事故の件数の比 | 13.46(6.03 〜 30.05) |
|---|---|
| 差がない位置 | 1 |
1は「差がない」という位置です。値は発生率の比(倍率)で、増える件数そのものではありません。数えているのは1つの県の1年あたりの事故の件数で、個人が襲われる確率ではありません。幅は95パーセントの信頼区間です。推定がどれくらい定まっていないかを表すもので、県や年によるばらつきの幅ではありませんし、「95パーセントの確率で本当の値がこの中にある」という意味でもありません。この図の部品は各行に「幅は1をまたいでいる/いない」と自動で表示しますが、これは目盛りとの位置関係を機械的に書いたものです。効果の大きさの判定として読まないでください。
論文のどこ:論文の Results の「Counterfactual attribution of the 2006 regime shift」の最初の段落。モデル Me の Sev についての一文です。候補モデルの比べ方は補足の表(table S5)に案内されています
信頼区間についてもう少し書きます。この論文の区間は、モデルから計算された95パーセントの Wald 信頼区間です(方法の欄にそう書かれています)。区間の幅が表しているのは、データの量と当てはめ方から見て、推定値がどれくらい揺れうるかです。県ごとの違いや年ごとの違いの大きさを表したものではありません。
6.03 から 30.05 という幅は、かなり広いほうです。同じデータからは、6倍くらいという値も、30倍くらいという値も、はっきりとは否定できません。こういうときに、真ん中の13.46だけを取り出して見出しにすると、推定の定まらなさがまるごと落ちます。
この深さという物差しが0より大きくなるのは、実りが0.38を下回った県年だけです。論文の反実仮想の段落に「26の危機の県年のうち8」という書き方が出てくるので、90組のうち26組がそれにあたると読めます。論文は別の段落で、水準を下回った年は1つの県の1年あたり平均15.8件、下回らなかった年は5.9件と書いています。26組と64組に当てはめて足すと約788件になり、数えられた790件とほぼ一致します(この確かめ算はこの記事でしたものです)。
13.46という推定は、その26組がどれだけ深く下回ってそこで何件起きたかと、深さが0だった残りの64組(90組から26組を引いた数)とを比べることで出ています。26組だけでは、比べる相手がいません。
「足し算より多い」は、何に支えられているか
ここがこの記事の軸です。
まず、2つの別の解析を分けます
前のほうで出した4つの平均(5.7、13.9、7.1、20.7)と、いま出てきた交互作用の項(係数マイナス0.020、P値0.034)は、同じことを別の角度から見たものですが、別の解析です。
- 4つの平均は、県年を4つの箱に分けて平均を取っただけのものです。論文はこの4つの平均について検定の結果を書いていません。
- 交互作用の項は、モデルの中で「代わりの食べ物の効き方が、ブナの不作の深さによって変わるか」を1つの係数にしたものです。こちらには P 値が付いています。
論文の中で「足し算より多い」に当たる主張は、この2つの形で出てきます。以下は、交互作用の項のほうの話です。
著者自身が書いている、この項の弱いところ
論文の本文に、こういう一文があります(日本語にしたのはこの記事です)。
交互作用の項そのものは、事故が集中した2つの年どうしの対比に依存している。2023年か2025年のどちらか一方だけを外したときは有意なままだが、両方を一緒に外すと有意でなくなる……
(この引用は、論文の一文の途中までです。この文にはまだ続きがあります。続きは、あとの項で扱います。)
つまり「2つの要因が重なると足し算より効く」という、この論文でいちばん目を引く主張は、2023年と2025年という2つの年に支えられています。2つとも外すと、この項は統計的に有意ではなくなります。なお、有意でなくなることは「重なっても足し算どおりだと分かった」という意味ではありません。そう言えるだけのものが、残ったデータから取り出せなくなる、ということです。
著者は、その数字の置き場所として補足の表(table S8)を案内しています。補足の資料はこちらの手元にないので、確かめられるのは本文に書かれたこの一文までです。
あわせて、著者が限界の筆頭に挙げていることも読んでください。90の県年のうち10(2023年と2025年の5県分)が、18年分の事故のおよそ3分の1を占めている。だから集計した数字は、この極端な年に左右されやすい、と書かれています。
著者の説明と、それをどう受け取るか
大事なのは、ここから「では効き目は嘘なのか」とはならないことです。著者は同じ文の続きで、理由を書いています。2つの対照的なモードが一緒に予測の空間を支えている自然実験では、そうなることが予想される、という説明です。
この説明の中身を、本文の数字で開きます。
- 2023年は、ブナの不作だけが起きた年です。代わりの食べ物の平年差は平均でプラス1.4(範囲はマイナス17からプラス23)でした。
- 2025年は、ブナの不作に、広い範囲の生産力の落ち込みが重なった年です。平年差は平均でマイナス58.7(範囲はマイナス68からマイナス48)で、5県すべてが基準から1標準偏差以上下でした。
- 2006年以降で、5県すべてが同時に実りの水準を下回ったのは2006年、2023年、2025年の3年です。このうち事故の解析の期間(2008年以降)に入るのは2023年と2025年の2年だけです。
- 5県のうち4県にとどまった2016年と2019年に比べ、この2年の事故は桁違いに多かった、と論文は書いています。
交互作用とは「片方が悪いときに、もう片方の効き方が変わるか」を見るものです。それを見るには、ブナが不作で、代わりの食べ物は平年並みだった年と、両方が落ちた年の両方が要ります。この研究では、前者が2023年、後者が2025年です。だから2つとも外すと、比べる対象そのものが無くなる。これは、著者の一文をこの記事なりに開いた読み方です。著者自身は「2つの対照的なモードが一緒に予測の空間を支えている」とだけ書いています。
この説明が納得できるものかどうかを、読む側が考えるための材料を並べておきます。判断はこの記事では決めません。
- 著者は、別の確かめ方も載せています。片方の年を外してモデルを当てはめ、外した年を当てさせる、という予測です。交互作用を入れたモデルと入れないモデルの予測の比は、2023年では0.90倍(ほぼ同じ)、2025年では2.34倍でした。二重の不足の年でだけ、交互作用が効いているという形になります。ただし、この確かめ方も同じ2つの年を使っています。
- 著者自身が、この線形の交互作用は、最も極端な組み合わせでは効果の大きさを見積もりすぎている、本当の反応は頭打ちになっているらしい、と書いています。
- 著者は議論の中で、要点は交互作用の項が本物かどうかではない、としくみの違う道すじが同じくらいの規模の危機に行き着くようになったことのほうだ、と書いています。2023年と2025年は、道すじは違うのに同じくらいの規模の事故になりました。
- 一方で、2023年と2025年を外しても残る結果もあります。次の節に書きます。
この記事から持ち帰ってほしい見方は1つです。「2つの要因が重なると、足し算より効く」という主張を読んだら、それが何回の出来事に支えられているかを確かめる。ここでは、90組のうちの10組、年でいえば2つでした。論文がそれを自分で書いているかどうかも、あわせて見てください。この論文は書いています。
「2つの年を外すと」には、別の話がもう1つあります
紛らわしいので分けて書きます。この論文には、2023年と2025年を外す解析が2か所出てきます。掛かっている先が違います。
1つめは、モデルの中の年の項(発生率の比1.025)についてです。事故の件数を年だけで説明すると、年およそ6パーセントで増えているように見えます。この約6パーセントは、年だけで説明したときの、別のモデルの値です。一方、「13.46 は、「事故が13倍」ではありません」の節で出した発生率の比1.025は、食べ物の項も一緒に入ったモデルの中の年の項です。同じ数字ではありません。論文は、この2つを同じ見かけの傾きを指すものとして結び付けています。ところが2023年と2025年を外すと、この時間の項は有意でなくなります(P値0.138)。一方で、実りの深さと代わりの食べ物の項は有意なままでした。著者はここから、時間の傾きという信号は2つの極端な年が丸ごと運んでいたもので、生態のしくみのほうは時間に依らない、と書いています。時間の項を外して当てはめ直すと、交互作用はかえって有意になります(P値0.008)。
2つめが、前の節に書いた交互作用の項の話です。こちらは、2つの年を両方外すと有意でなくなります。
同じ「2つの年を外す」でも、前者は「年々増えている」という見え方が消える話、後者は「重なると足し算より効く」という項が見分けられなくなる話です。混ぜて読むと、どちらの意味も変わってしまいます。
この研究では言えないこと
動画では主な限界として相関と因果を1つ挙げました。ここを広げます。著者自身が書いている限界も含めます。
原因と確かめた研究ではありません
この研究は、県ごと・年ごとにまとめた統計どうしを突き合わせた観察研究です。割り付けも介入もありません。クマを1頭ずつ追ってもいませんし、実りを増やして事故が減るかを試してもいません。
題名は「弱ったブナの実りのしくみの上で起きた二重の食べ物の不足が、日本のクマとの衝突の危機を引き起こす」という強い言い方です。本文にも、食べ物の不足がどう衝突を引き起こすかを数える、という書き方が出てきます。一方で、本文の多くの記述は「予測する」「関連していた」「示唆する」「いちばん無理のない説明を与える」という形です。題名の動詞と、本文の動詞を見比べてみてください。
論文には、2006年以前の実りの分布に戻したら事故がどれだけ減っていたか、という計算も載っています。786件のうち120件、15.3パーセントという数字です。この786件は、モデルが見込む件数の合計です。前のほうで出した、実際に数えられた790件とは別の数なので、少しずれます。また、「4つの平均と、「足し算なら約15件」」の節で出した、足し算で見込まれる15.3件とは、数字がたまたま重なっているだけの別のものです。ただしこの15.3パーセントは、統計の上で分布を写し戻して計算した結果であって、実際に何かをしてみた結果ではありません。「実りを増やせば事故が減る」ことを確かめた記述は、本文にありません。
著者が挙げている3つの限界
論文の議論の終わりに、著者自身が3つ挙げています。
- 90の県年のうち10(2023年と2025年の5県分)が、事故のおよそ3分の1を占めている。だから集計した統計は、この極端な年に左右されやすい。
- 代わりの食べ物の代用(衛星から見た生産力)は、第2の食べ物の経路が効くことは示すが、それがどの資源(下層の草、節足動物、やわらかい果実)なのかは特定しない。
- 解析は東北に限られている。0.38という水準(論文のしきい値)と、二重のしくみが、気候も森の構成も違う地域に当てはまるかは未解決である。
クマが何を食べたかは見ていません
2つめの限界に関わることです。この研究は、クマの胃の中を調べても、個体を追って採食を記録してもいません。ブナの実りは145か所の目視の点数、代わりの食べ物は人工衛星が測った森の生産力です。どちらも、実際の採食の記録の代わりに置かれたものです。
「実りが戻れば安全」とは読めません
いくつか理由があります。
- 0.38という水準は、1本の線として決まったわけではありません。0.22から0.58の帯の中では、どこを線にしても当てはまりの良さを区別できない、と著者が書いています。
- 水準より上では、実りが良いほど事故が減るという関係ははっきりしません。上側の傾きの P 値は0.054でした。これは「関係がない」と分かったという意味ではなく、この研究では言えていない、ということです。
- 実りが水準を下回らなかった年でも、事故は1つの県の1年あたり平均5.9件ありました(水準を下回った年は15.8件)。ゼロではありません。なお、この5.9件は実りの水準だけで年を分けた値です。前に出した5.7件は、代わりの食べ物の良し悪しも合わせて4つに分けたうちの1つなので、切り分けが違います。
- 2023年は、ブナだけの不作でした。それでも、二重の不足だった2025年と同じくらいの規模の事故になった、と著者は書いています。
- 著者は、実りだけを見張る予測のしくみは、二重の不足の年を丸ごと見落とす、とも書いています。
なお、0.38という水準は、実りが凶作と判定される値(およそ1.0)よりもかなり下にある、と著者は書いています。調査自身の区分では、1.0から2.0が不作、1.0未満が大凶作です。著者はこれを、クマは相当ひどい不足まで我慢し、そこを大きく下回って初めて人の領域に入る、という行動の上での線引きの現れとして読んでいます。これは著者の解釈です。
クマは増えていない、とは書けません
冒頭に書いたとおり、著者は頭数を推定し直してはいません。今ある推定を前提にすると、これだけ取りながら増え続けるのは計算が合わない、という論じ方です。著者自身が、頭数の証拠はまばらでむらがある、政策で使われている推定は捕獲数をもとにした計算で、その仮定には疑問が出ている、と書いています。
ついでに書いておくと、「クマの数が10年で3倍」という数字は、論文の主張ではありません。広く引用されている新聞の分析として紹介され、著者が反論を向けている相手です。
2006年に何が折れたのかは、まだ分かっていません
論文は、ブナの実りのしくみが2006年ごろに折れた、と論じています。中身はこうです。花の数そのものには時間の傾向がありません。豊作の翌年に花が抑えられる強さにも傾向がありません。傾向があるのは、その年の花の量から実りを説明したときの残差でした。同じだけ花が咲いても、実る種子が年々減っている、という形です。折れ目の年は、性質の違う2つの方法(水準の急変を探す検定と、変化点を探す計算)が独立に、どちらも2006年を選びました。
ただし、この解析は記録のそろう3県(青森、岩手、宮城)で行われています。そして著者は、なぜそうなったのかという植物の側の生理は、まだ解けていない、と書いています。折れ目の時期が、地域の夏の平均気温がそれ以降の20年間で一度も19度を下回らなくなったという気候の変わり目と一致する、とは書いています。ただし、受粉の失敗など別の原因もまだ排除できない、今後の生理学的な検証が要る、とも書いています。
この論文が調べていないこと
この論文は、熊鈴、ラジオ、ホイッスル、クマよけスプレー、電気柵といった道具の効き目を調べていません。本文のどこにも出てきません。効くとも効かないとも、この論文からは言えません。この記事も、そうした商品を勧めるものではありません。
全国の数字と、東北5県の数字
繰り返しになりますが、混ぜないでください。65,514頭、4万2千頭超、232人(うち死亡11人)は全国の数字です。790件、5.7件、13.9件、7.1件、20.7件、0.38、13.46 は東北5県の解析から出た数字です。
元の論文の、どこを見ればよいか
手がかりを置いておきます。節の名前は論文のままです。
- 4つの平均(5.7、13.9、7.1、20.7)と「足し算なら約15」:Results の「Relationship between food supply and bear attack」の3つ目の段落です。図は Fig. 3C と Fig. 3D、集計の作り方は Materials and Methods の「Modeling the mast-incident relationship」にあります。
- 水準0.38(論文のしきい値)と、その帯(0.22から0.58):同じ節の2つ目の段落です。図は Fig. 3A と Fig. 3B。危機の年の平均15.8件と、そうでない年の5.9件も、この段落にあります。
- 790件と、2023年・2025年の251件:同じ節の1つ目の段落です。図は Fig. 2 の D と E に案内されています。
- 発生率の比13.46と、その95パーセント信頼区間:Results の「Counterfactual attribution of the 2006 regime shift」の1つ目の段落です。同じ段落に、代わりの食べ物の主効果、交互作用の係数、年の項も並んでいます。候補モデルの比較は補足の表に案内されています。
- 時間の項が2つの年で消えること:同じ節の2つ目の段落です。落とし方の手順は Materials and Methods の「Outbreak typology and falsification tests」にあります。
- 交互作用の項が、片方の年なら有意・両方外すと有意でなくなること:同じ節の6つ目、いちばん最後の段落です。外れた年を当てさせる予測(0.90倍と2.34倍)も、線形の交互作用が極端な組み合わせで大きく見積もりすぎるという但し書きも、同じ段落にあります。図は Fig. 5C、数字の置き場所は補足の表です。
- 2023年と2025年の違い(平年差のプラス1.4とマイナス58.7):同じ節の5つ目の段落、2023年と2025年を比べたところです。図は Fig. 5B。
- 反実仮想の15.3パーセント:同じ節の3つ目の段落です。
- 2006年の折れ目:Results の「The structural breakdown in 2006」です。図は Fig. 4A、Fig. 4C、Fig. 4D。細かい数字は補足の表に案内されています。
- 著者が挙げている3つの限界:Discussion の「Implications for management and the scope of the framework」の終わり近く、「There are several scope caveats」で始まる段落です。
- 2006年の生理が未解決であること:Discussion の「From floor descent to compound failure」の中ほどです。
- 頭数についての論じ方:Introduction の2つ目の段落と、Discussion の「The current picture of the Japanese black bear」です。政策で使われている推定への疑問は後者にあります。
- データの出どころ(環境省の統計、ブナの調査、衛星の値):Materials and Methods の「Study area and data sources」です。145の定点の点の付け方も、この節にあります。
- 資金と利益相反:Funding の欄に科研費(JP24K01790)、Competing interests の欄に利益相反なしと書かれています。
補足の資料(text S1・S2、fig. S1、table S1からS8)は、この記事を書いた時点で手元にありません。そのため、本文が「補足の表を参照」とだけ書いている数字は、この記事では扱っていません。
元の論文はこちらです。Xiao H ら. Compound food failure on a deteriorated mast system drives Japan's bear conflict crisis. Sci Adv. 2026. https://doi.org/10.1126/sciadv.aej8134
見方を練習するために
PR この記事は本の紹介を含みます。ただし今回はこの本にアフィリエイトのリンクを付けていません。このページに広告のリンクは1本もありません。
「2つの要因が重なると、足し算より効く」という主張を読んだときの手順を、3つにまとめます。
1つめ。その主張が、平均を並べたものなのか、モデルの中の1つの係数なのかを見分ける。この論文では両方が出てきます。4つの箱の平均には検定が付いておらず、交互作用の係数には付いています。同じ「足し算より多い」でも、確かめ方が違います。
2つめ。その主張が、何回の出来事に支えられているかを数える。ここでは、90の県年のうち10組、年でいえば2つでした。著者自身が、その項は2つの年の対比に依存していて、両方を外すと有意でなくなる、と書いています。書いていない論文もあります。書いていないときは、自分で数の見当を付けるしかありません。
3つめ。推定値ではなく幅を見る。13.46 という数字の幅は 6.03 から 30.05 でした。真ん中の値だけを取り出すと、この広さが消えます。
この3つは、どれも特別な数学は要りません。必要なのは、平均とばらつきと、検定が何をしているのかを一度きちんと通しておくことです。下の本は、そこを最初から順に追える一冊です。
元の論文
Xiao H ら. Sci Adv. 2026.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aej8134
もっと知りたい人へ
『統計学がわかる』