動画で話したこと

動画では、犬と人に同じ音を聞かせて脳波を比べた論文を紹介しました。

聞かせたのは、意味のない3音節の作り言葉を、切れ目なくつないだ音の流れです。単語の区切りを示す音の手がかりは入っていません。流し方は3通りで、子音が同じで母音だけが入れ替わる流れ、母音が同じで子音だけが入れ替わる流れ、同じ音節を単語のまとまりが生まれない順に並べ替えた流れです。

結果として、子音をそろえた流れのほうが、単語のリズムに脳波が強くそろっていました。犬でも人でもです。どの流れでも、音として大きいのは母音のほうでした。目立つほうではなく、目立たないほうの手がかりに、脳波のそろい方が強く現れたことになります。

動画で挙げた主な限界は、評価項目です。測ったのは音を聞いているあいだの脳波だけで、犬が選ぶ、探す、指示に従うといった行動の課題はありません。聞かせたのも意味のない作り言葉なので、意味が分かったかどうかは調べていません。

この記事では、別の軸を立てます。同じ脳波を、どの窓で切るかです。

この論文は、1つの実験で取った脳波を、いくつもの見方で切っています。どの周波数で切るか。単語の始まりから何ミリ秒の区間で切るか。元の波形を見るか、ある周波数の成分を取り除いた波形を見るか。そして、切り方によって結果の見え方は変わります。人のほうがはっきり強く出る窓もあれば、犬にだけ差が出る窓もあり、どちらにも差が出ない窓もあります。

先に断っておきます。これは論文の粗探しではありません。この論文は、差が出た数字も、出なかった数字も、本文に並べています。だから読み比べられます。論文には、結果を示す前に、どの窓に何が出るはずかという予測も書かれています。この記事が扱うのは、こうした結果が論文の外に出ていったときに、読む側が何を確かめられるか、という話です。

誰に、何を、どう聞かせた研究か

動画では「大人20人と飼い犬20頭に同じ音を聞かせ、脳波を測った研究です」と一言で済ませました。ここを本文にもとづいて開きます。

誰を

大人の人が20人、大人の飼い犬が20頭です。

犬は実験用の犬ではなく、飼い主と暮らしている犬です。論文は、実験用の動物と違って飼い犬は毎日話しかけられている、だからこの問いを調べるのに向いている、と書いています。

測り方は、体を傷つけない脳波の測定です。論文は要旨の3文目で、人と犬に対して体を傷つけない脳波測定を行った、と明記しています。

電極の位置は、人と犬で近いものが選ばれています。人は頭の正中線上の Fpz、FCz、CPz。犬は Fz、FCz、Cz です。ただし本文の書き方は「似た位置にある」までで、同じ脳の場所を測ったとは書かれていません。この点は、この記事の「この研究では言えないこと」の節でもう一度触れます。

どう分けたか

この研究には、参加者をくじ引きで2つのグループに分ける手続きがありません。

比べているものは3種類あります。1つめは種の違い(人と犬)。2つめは音の条件の違い(子音をそろえた流れ、母音をそろえた流れ、でたらめの流れ)。3つめは、犬20頭を人の家で暮らし始めた時期で2つに分けたものです。

このうち条件の違いについて、本文は、種と条件を固定効果、個体の識別子をランダム効果にしたモデルで比べた、と書いています。条件ごとに別の個体を割り当てたという記述はありません。

3つめの分け方は、割り付けではありません。犬が人の家で暮らし始めた時期はもともとばらついていて、そのばらつきをそのまま利用しています。詳しくは、この記事の「育ちで分けた比較は、何を示したか」の節で扱います。

つまり、この研究に「割り付けどおりの比較か、実際に受けたかどうかで分けた比較か」という区別は出てきません。割り付け自体がないからです。

何を聞かせたか

意味のない3音節の作り言葉を、切れ目なくつないだ音の流れです。

音の速さはこう決められています。1つの音(子音か母音1つ)が約125ミリ秒。1音節が250ミリ秒で、これは1秒あたり4回、つまり4ヘルツにあたります。3音節で1単語なので、単語は1秒あたり約1.33回、1.33ヘルツです。この3つの数字が、あとで「どの周波数で切るか」の話に直結します。

条件は3つです。

  • 子音をそろえた流れ。単語の仲間ごとに子音が同じで、母音だけが入れ替わります。
  • 母音をそろえた流れ。母音が同じで、子音だけが入れ替わります。
  • でたらめの流れ。上の2つと同じ音節を、単語のまとまりが生まれない順に並べ替えたものです。

論文の図1には、単語の仲間の例が載っています。子音でそろえた仲間が b_n_k_、m_z_t_、p_f_g_ の3つ。母音でそろえた仲間が _e_u_á、_o_é_ü、_ö_i_a の3つです。

大事な条件が2つあります。1つは、単語の切れ目を示す音の手がかりが、どの条件にも入っていないことです。もう1つは、どの条件でも、母音のほうが子音より多くの音のエネルギーを担っていたことです。図1の説明によれば、音節の中で音が最も大きくなる位置も、条件のあいだで近い値でした(本文の書き方は195±1ミリ秒です。音節の始まりから195ミリ秒、誤差1ミリ秒)。

何を測ったか

測ったのは脳波です。行動の課題はありません。脳波の見方は2つあります。

1つめは、試行間コヒーレンス(ITC)です。脳波の波の位相が、繰り返しのあいだでどれだけそろうかを表す値です。論文は、単語のリズムへのこの同期が、話し声を区切る効率を映すものだと書いています。

2つめは、事象関連電位(ERP)です。単語の始まりを基準にそろえた脳波の形のことです。論文は、話し声の区切りに関わるとされる350ミリ秒から550ミリ秒の区間に絞って見ています。

統計は、ITC には一般化線形混合モデル、ERP には線形混合モデルを使い、どちらも種と条件を固定効果、個体の識別子をランダム効果にしています。

この論文が切った「窓」を、先に並べる

ここからが、この記事の柱です。上の「誰に、何を、どう聞かせた研究か」で出てきた測り方は、そのまま1つの数字になるわけではありません。測った脳波を、どこで切るかを決める必要があります。

この論文が使った切り方を並べます。

周波数の窓が3つあります。

  • 単語のレベル:1.33ヘルツ。ただしこの窓は、1.33ヘルツだけの値ではありません。論文は、1.33ヘルツと、音節の影響を受けない最初の3つの倍音(2.67、5.33、6.67ヘルツ)を足し合わせた値を、単語レベルの ITC としています。
  • 音節のレベル:4ヘルツ。
  • 1音1音のレベル:8ヘルツ。

時間の窓が2つあります。単語の始まりから350ミリ秒から550ミリ秒の区間を、100ミリ秒ずつ2つに割っています。350から450ミリ秒と、450から550ミリ秒です。

処理の窓が2通りあります。元の波形と、4ヘルツと8ヘルツを取り除いた波形です。本文は後者を、音節のレベルと1音1音のレベルの周波数を取り除いたもの、と説明しています。

これに、種が2つ(人と犬)、条件の組み合わせが3通り(子音と母音、子音とでたらめ、母音とでたらめ)が掛かります。さらに、犬20頭のうち遅い時期に人の家で暮らし始めた9頭だけを取り出した解析もあります。

掛け合わせると、本文に出てくる比較は数十になります。論文はそれを1つずつ書いています。この記事は、そのうち柱に関わるものを図にし、残りは本文に沿って並べます。効果量と幅がそろっていても、図にしていないものがあります(波形の、子音とでたらめの比較)。

なお、単語レベルの窓の作り方(倍音を足し合わせること)については、著者が方法についての注を残しています。倍音のところに明確な山が出たことは先行研究と一致しており、脳の信号が単純な正弦波ではないことを映しているのかもしれない、そして倍音の和を取り込むことの有用性を裏づける、という書き方です。窓の作り方そのものが1つの選択であり、著者がそれを説明している、ということです。

この数字は、何を指しているか

結果を見る前に、論文に出てくる数字の種類を整理します。

β(ベータ)

モデルの係数です。条件を1つ変えたときに、ITC や波形の高さがどれだけ動くかを表します。単位はそれぞれの測り方の目盛りに依存するので、違う窓どうしで大きさを比べることはできません。

d(効果量)

論文が d と書いているのは効果量です。単位のない値で、差の大きさを、ばらつきを物差しにして表したものです。単位がないので、違う窓どうしでも並べて見ることができます。この記事の図が d を使っているのは、そのためです。

論文は、大きい・小さいの目安になる数値を書いていません。だからこの記事も、d がいくつ以上なら大きい、という言い方はしません。

幅(95%信頼区間)

d のうしろの角括弧が、95%信頼区間です。ここを厚く説明します。

この幅は、推定の不確かさを表します。個体ごとのばらつきの幅ではありません。20人と20頭という規模で1回測って計算した値が、どれくらいぶれうるかを示すものです。

意味を正確に言うと、こうなります。同じやり方の研究をくり返したとき、この作り方で作った区間の95%が本当の値を含む、という約束の区間です。目の前の1つの区間について「本当の値がこの中にある確率が95%」と読むのは、正確ではありません。

幅の中の値が、どれも等しく確からしいわけでもありません。推定値に近いほうが、端よりも支持されます。

そして、d のような引き算の指標では、0が「差がない」位置です。倍率の指標(相対リスクやハザード比)なら1が差のない位置になりますが、この論文の d は引き算の指標なので0です。この記事の図も、0のところに線が立ちます。

だから、幅を見るときの問いは1つです。幅は0をまたいでいるか。またいでいなければ、この実験の範囲では差の向きを言えます。またいでいれば、0(差がない)も幅の中にあるので、向きを言い切れません。

人数と頭数が少ないほど、この幅は広くなります。20人と20頭、そして9頭だけを取り出した解析では、幅がかなり広くなります。図を見るときは、丸の位置より先に棒の長さを見てください。

P値

P値は、差がないと仮定したときに、手元のような結果が出る珍しさを表す数字です。小さいほど珍しい、という意味しか持ちません。差の大きさを表す数字ではありません。

ここで、この論文を読むうえで大事なことがあります。P値と効果量の幅は、同じ方向を指さないことがあります。この論文には、両方向の例が出てきます。P値は小さいのに効果量の幅が0をまたぐ例と、P値は0.05を超えているのに効果量の幅が0をまたがない例です。どちらも、このあとの「結果を、幅で見る:波形の窓」の節の図に出てきます。

本文は、この食い違いについて説明を書いていません。だからこの記事も、どちらが正しいとは言いません。言えるのは、同じ比較でも見る数字によって印象が変わるということです。

「差が出なかった」と「差がないと分かった」

この2つは違います。差が出なかったのは、この実験の条件で差を検出できなかった、という意味です。差がないと分かったわけではありません。この記事では、差が出なかった結果を「差があるとは言えなかった」と書きます。

結果を、幅で見る:単語のリズムの窓

まず、この論文の主な結果からです。窓は1.33ヘルツ(と3つの倍音の和)、つまり単語のリズムです。

全体のモデルでは、種そのものの効果は出ませんでした(P=0.096)。条件の効果はありました(P<0.001)。そして種と条件の交互作用がありました(P=0.032)。交互作用があるというのは、条件による違い方が人と犬で同じではない、という意味です。

その中身を、効果量と幅で見ます。

単語のリズム(1.33ヘルツ)の窓で見た、条件どうしの差

まず目盛りを見てください。縦の線が0で、ここが「差がない」位置です。丸が推定値、横に伸びる棒が95%信頼区間です。右にあるほど、前に書いた条件のほうが単語のリズムへの脳波のそろい方が強かった、という向きです。

上の3行が人です。子音をそろえた流れとでたらめの流れの差が1.72、幅は0.80から2.63。母音をそろえた流れとでたらめの流れの差が1.16、幅は0.53から1.79。人では、子音でそろえても母音でそろえても、でたらめの流れより脳波がそろっていました。

人の3行目が、子音をそろえた流れと母音をそろえた流れの差です。0.63、幅は0.28から0.98。0をまたいでいません。人でも、子音のほうに強く出ています。

下の2行が犬です。子音をそろえた流れとでたらめの流れの差が1.22、幅は0.48から1.95。子音をそろえた流れと母音をそろえた流れの差が0.94、幅は0.40から1.47。どちらも0をまたいでいません。

犬には、行が1つ足りません。母音をそろえた流れとでたらめの流れの比較です。この比較のP値は0.238で、論文は効果量も幅も書いていません。だから図に行を作れません。ここで注意してほしいのは、これが「犬には母音が聞こえていない」という意味ではないことです。この実験で、母音でそろえた並びが単語の区切りの手がかりになったとは言えなかった、というだけです。

人の0.63と犬の0.94を見比べたくなりますが、本文にはこの2つを直接比べた検定がありません。本文にあるのは、種と条件の交互作用が見つかった(P=0.032)ということです。条件による違い方が、人と犬で同じではない、というところまでです。

最後に幅の広さを見てください。人の1行目は0.80から2.63で、幅が1.8以上あります。20人・20頭という規模では、推定はこれくらいぶれます。丸の位置だけを覚えて帰らないでください。

人:子音をそろえた流れ 対 でたらめの流れ1.72(0.8 〜 2.63)
人:母音をそろえた流れ 対 でたらめの流れ1.16(0.53 〜 1.79)
人:子音をそろえた流れ 対 母音をそろえた流れ0.63(0.28 〜 0.98)
犬:子音をそろえた流れ 対 でたらめの流れ1.22(0.48 〜 1.95)
犬:子音をそろえた流れ 対 母音をそろえた流れ0.94(0.4 〜 1.47)
差がない位置0

0が「差がない」位置です。値は効果量で、単位のない値です。幅は95%信頼区間で、推定の不確かさを表します。個体ごとのばらつきの幅ではありません。犬の「母音をそろえた流れ 対 でたらめの流れ」には行がありません。論文がこの比較に効果量も幅も書いていないためです(P=0.238)。差がないと分かったのではなく、この実験では差が出なかった、という意味です。なお、この図の部品は各行に「幅は0をまたいでいる/いない」と自動で表示します。これは目盛りとの位置関係を機械的に書いたもので、差の大きさの評価ではありません。

論文のどこ:論文の Results の、単語のレベルの同期について書かれた最初の段落。ここに出てくる数字です(Fig. 2 の B は同じ結果の図ですが、効果量と幅は載っていません)

この窓だけを見れば、「犬も人と同じように子音のほうに反応した」と読めます。動画で紹介したのも、ここです。

では、窓を変えるとどうなるか。

結果を、幅で見る:波形の窓

次は ERP、つまり単語の始まりを基準にそろえた脳波の形です。ここには時間の窓が2つと、処理の窓が2通りあります。合わせて4つの見方です。

先に、それぞれの窓で条件の効果があったかどうかを並べます。

  • 元の波形、350から450ミリ秒:種の効果は出ず(P=0.116)。条件の効果はぎりぎり(P=0.049)でしたが、どの2条件の比較も有意ではありませんでした(すべて P>0.718)。交互作用もありません(P=0.315)。
  • 元の波形、450から550ミリ秒:種の効果はぎりぎり(P=0.062)。条件の効果ははっきり出ました(P<0.001)。弱い交互作用(P=0.048)があり、著者はこれを「効果の向きではなく大きさの違いを示すもの」と説明しています。
  • 取り除いた波形、350から450ミリ秒:種の効果は出ず(P=0.158)。条件の効果も出ず(P=0.203)。弱い交互作用(P=0.045)。人ではどの条件のあいだにも差が出ていません(すべて P>0.317)。犬にだけ差が出ています。
  • 取り除いた波形、450から550ミリ秒:種の効果あり(P=0.022)。条件の効果あり(P=0.006)。交互作用あり(P=0.027)。著者はここでも、向きではなく大きさの違いだと書いています。

つまり、4つの窓のうち1つ(元の波形の350から450ミリ秒)では、条件のあいだの差がどれも出ていません。同じ実験の、同じ脳波です。

そのうえで、子音をそろえた流れと母音をそろえた流れの差だけを取り出して、窓ごとに並べます。

波形のどの窓で切るかで、子音と母音の差はこう変わる

5行とも、同じ比較です。子音をそろえた流れと母音をそろえた流れの、波形の高さの差。違うのは、どの種の、どの時間の窓の、どう処理した波形を見ているかだけです。

上の2行が、元の波形の450から550ミリ秒です。犬が0.72(幅0.24から1.19)、人が0.45(幅0.14から0.76)。どちらも幅が0をまたいでいません。ここだけを見れば、人でも犬でも子音のほうが強い、と読めます。

3行目は、犬の、4ヘルツと8ヘルツを取り除いた波形の350から450ミリ秒です。推定値は0.59。ところが幅はマイナス0.05から1.24で、0をまたいでいます。P値は0.013で、0.05より小さい。P値だけを見れば差がある側、幅だけを見れば向きを言い切れない側です。

そして同じ窓で、人はどうだったか。行がありません。この窓では、人はどの条件のあいだにも差が出ていないからです(すべて P>0.317)。単語のリズムの窓では人にも差が出ていたのに、この窓では出ていません。

4行目は、犬の、取り除いた波形の450から550ミリ秒です。0.69、幅はマイナス0.01から1.39。ここもぎりぎり0をまたいでいます。P値は0.005です。P値はかなり小さいのに、効果量の幅は0に触れています。

5行目は、人の、取り除いた波形の450から550ミリ秒です。0.82、幅は0.16から1.47で、0をまたいでいません。ところがP値は0.065で、0.05より大きい。3行目・4行目とは逆向きの食い違いです。

本文は、この食い違いに説明を書いていません。だからこの記事も、どちらが本当かとは言いません。持ち帰ってほしいのはここです。同じ比較でも、P値を見せるか、効果量と幅を見せるかで、印象が変わります。そして窓を1つ変えるだけで、行が消えたり、幅が0に触れたりします。

なお、この5行に出てこない比較もあります。母音をそろえた流れとでたらめの流れの差は、4つの窓のどこでも、人でも犬でも出ていません(P=0.279、0.348、0.415、0.533、0.745)。子音をそろえた流れとでたらめの流れの差は、どの2条件の比較も有意でなかった窓(元の波形の350から450ミリ秒)と、人の「取り除いた波形の350から450ミリ秒」を除けば、残りのどの窓でも出ています。

犬:元の波形、450〜550ミリ秒(P<0.001)0.72(0.24 〜 1.19)
人:元の波形、450〜550ミリ秒(P=0.014)0.45(0.14 〜 0.76)
犬:取り除いた波形、350〜450ミリ秒(P=0.013)0.59(-0.05 〜 1.24)
犬:取り除いた波形、450〜550ミリ秒(P=0.005)0.69(-0.01 〜 1.39)
人:取り除いた波形、450〜550ミリ秒(P=0.065)0.82(0.16 〜 1.47)
差がない位置0

すべて「子音をそろえた流れ 対 母音をそろえた流れ」の差です。0が「差がない」位置。値は効果量、幅は95%信頼区間です。人の「取り除いた波形、350から450ミリ秒」には行がありません。この窓では、人はどの条件のあいだにも差が出ていないためです(すべて P>0.317)。元の波形の350から450ミリ秒も、どの2条件の比較も有意ではありませんでした(すべて P>0.718)。この図の部品は各行に「幅は0をまたいでいる/いない」と自動で表示しますが、それだけで差の有無が決まるわけではありません。

論文のどこ:論文の Results のうち、ERP について書かれた2つの段落。1つめが元の波形、2つめが4ヘルツと8ヘルツを取り除いた波形です(Fig. 3 は同じ結果の図ですが、効果量と幅は載っていません)

上の図で消えた行と、残った行を、もう一度言葉にします。

元の波形の450から550ミリ秒では、人でも犬でも子音のほうが強く出ています。4ヘルツと8ヘルツを取り除くと、犬では2つの時間の窓の両方で推定値が残りますが、幅は両方とも0に触れます。人では、350から450ミリ秒で差が消え、450から550ミリ秒では幅が0をまたがないのにP値が0.065になります。

同じ20人と20頭の、同じ脳波です。

1音1音のレベルでは、出てくる違いの種類が変わる

周波数の窓を変えると、人と犬の関係そのものが変わります。

8ヘルツ、つまり1音1音のレベルでは、種の効果が出ました。人のほうが高い、という向きです。人と犬の差の効果量は1.38、幅は0.65から2.09で、0をまたいでいません。一方、条件の効果は出ませんでした(P=0.109)。交互作用もありません(P=0.100)。

つまりこの窓では、条件の違いではなく種の違いが出ています。単語のリズムの窓では、種そのものの効果は出ていませんでした(P=0.096)。同じ実験の同じ脳波でも、窓を変えると、出てくる違いの種類そのものが入れ替わります。

論文は、波形についても書いています。すべての条件の ERP を見ると、4ヘルツの同期はどちらの種にも見えたが、8ヘルツの同期は人の波形にしか見えなかった、という記述です。ただしこれは波形の見た目についての記述で、種を比べた検定の結果ではありません。

著者の読み方は、人は犬と違って、音節だけでなく1音1音も追っているのかもしれない、というものです。「かもしれない」という書き方です。

4ヘルツ、つまり音節のレベルは、また別の顔をしています。種の効果も条件の効果もありません(P=0.682、P=0.834)。交互作用だけがあります(P=0.010)。どちらの種でも、子音をそろえた流れも母音をそろえた流れも、でたらめの流れとは差がありませんでした(すべて P>0.143)。

この窓で唯一出たのが、犬の子音と母音の差です。効果量0.33、幅は0.03から0.62。幅は0をまたいでいません。P値は0.029です。

ここが大事なところです。著者自身が、この差を音節のレベルで起きた差とは読んでいません。考察で、この差は、犬において単語のリズムの窓での子音の優位が人より大きかったことが、倍音としてこの窓に漏れてきた影響によるものだろう、と説明しています。

これはこの記事の柱そのものです。周波数の窓は、きれいに分かれていません。隣の窓の影響が漏れることがあります。そして、漏れかどうかを判断するには、数字だけでなく、窓の作り方を知っている必要があります。

もう1つ、人だけで行った解析があります。8ヘルツの同期を4ヘルツの同期で割った値と、単語のリズムの同期に、関連があるかを見たものです。1音1音を追う力が、子音への偏りの成り立ちに効いているかを確かめるためだと書かれています。結果は、有意な相関は見つかりませんでした(r=0.32、P=0.175)。

育ちで分けた比較は、何を示したか

犬20頭を、人の家で暮らし始めた時期で2つに分けた比較があります。

まず、分け方です。生後12週より前に話し声の多い環境で暮らし始めたと推定される犬が11頭、12週より後が9頭です。本文は一貫して「推定される」という書き方をしています。分け方の根拠は補足資料の表で、手元にはありません。

これはくじ引きではありません。論文が書いているのは、飼い犬が社会化の感受期(論文の書き方では、生まれてから12週から14週までの時期)にどれだけ人の話し声に触れるかは、引き取られた年齢と、それ以前の育ち方(人の家か、保護施設か、路上か)によって自然にばらつく、ということです。著者はこの自然なばらつきを利用しています。

ここは誤解しやすいところなので、本文の言い方をそのまま書きます。論文がこの9頭について書いているのは、感受期が終わるまでに話し声の多い環境にいたとは考えにくい、というところまでです。保護施設や路上にいた、とは書かれていません。直前の段落に出てくる「人の家か、保護施設か、路上か」は、飼い犬一般がなぜばらつくかの例として挙げられているもので、この9頭の育ちの記述ではありません。

結果です。早い11頭と遅い9頭で、子音と母音の差が早いほうで大きいとは言えませんでした。3つの解析すべてでそうです(単語のリズムの窓 W=52、P=0.588/元の波形 W=75、P=0.977/取り除いた波形 W=73、P=0.966)。

そして、遅い9頭だけを取り出しても、子音への偏りはありました。

遅い時期に人の家で暮らし始めた9頭だけを見たとき

3行とも、遅い時期に人の家で暮らし始めたと推定される9頭だけの結果です。子音をそろえた流れと母音をそろえた流れの差で、3つの窓で見ています。

3行とも、幅は0をまたいでいません。9頭だけでも、子音のほうに強く出ています。著者はここから、早い時期に話し声に触れることがこの偏りの発達に必要だとは言えない、と読んでいます。

幅の広さを見てください。いちばん下の行は0.21から2.33で、幅が2以上あります。9頭という頭数では、推定はこれだけぶれます。3行とも、20頭全体で同じ窓を見たときより幅が広くなっています。

そして、この図に描けないことが1つあります。早い11頭と遅い9頭を比べた検定では、差があるとは言えませんでした(P=0.588、0.977、0.966)。これは「早くても遅くても同じだと分かった」という意味ではありません。11頭と9頭では、違いがあっても見つけにくい、というだけです。

最後に、この分け方の性質です。くじ引きで分けたのではありません。もともとの育ちの違いを後から2つに分けたものです。早いか遅いかも推定で、論文自身がそう書いています。著者も、頭数の少なさと、遅い群の引き取られる前の情報が欠けていることを、慎重に読む理由として挙げています。

単語のリズム(1.33ヘルツ)の窓0.9(0.18 〜 1.63)
元の波形、450〜550ミリ秒1.07(0.36 〜 1.78)
4ヘルツと8ヘルツを取り除いた波形、450〜550ミリ秒1.27(0.21 〜 2.33)
差がない位置0

9頭だけを取り出した解析です。すべて「子音をそろえた流れ 対 母音をそろえた流れ」の差で、0が「差がない」位置、幅は95%信頼区間です。頭数が少ないぶん、幅は広くなります。なお、早い11頭と遅い9頭を比べた検定では、子音と母音の差が早いほうで大きいとは言えませんでした(単語のリズムの窓 W=52、P=0.588/元の波形 W=75、P=0.977/取り除いた波形 W=73、P=0.966)。この分け方はくじ引きではなく、論文自身が「推定される」と書いているものです。

論文のどこ:論文の Results の3か所、単語のレベルの段落の終わり、元の波形の段落の終わり、取り除いた波形の段落の終わりです。分け方そのものは Introduction の終わりの段落と、Results の最初に書かれています

著者はこの結果から、この偏りが育つ仕組みは生涯を通じて働くのかもしれない、統計的な学習と同じように、と書いています。ここも「示唆する」という言い方です。

この研究の、どこが新しいのか

新しさについて、論文は2つのことを書いています。分けて読む必要があります。

1つめは、結果そのものの位置づけです。考察の1文目は、話し声を聞くときに単語の切れ目の目印として子音を優先する偏りは、人だけのものではなく、犬にも見られる、という言い方です。要旨の最後の1文は、言語の規則にもとづく処理の偏りは、話し声に触れている、言葉を話さない種にも現れうる、としています。

2つめは、なぜそれが当たり前ではないか、という理由です。考察は、母音のほうが知覚的に目立つこと(今回聞かせた音でもそうであること)を挙げ、だからこの子音への偏りは音響では説明がつかない、と書いています。目立つほうに引かれるなら、母音でそろえた流れのほうに強く出るはずだった、ということです。

この2つは別のことです。1つめは「何が見つかったか」、2つめは「それが音の性質だけでは説明できない理由」です。

そのうえで著者は、より確からしい説明として、子音の分布のほうが、連なった情報を小さなまとまりに切り分けるのに役立つからではないか、と述べています。そして、目立たないが役に立つ情報を優先する力は、分布の規則を追う既存の力に依っているのかもしれない、と続けます。前者は著者が「より確からしい説明」と書いているもので、後者は「かもしれない」という書き方です。

結論の言い方も、条件つきです。論文は、犬も人と同じように、くり返し現れる音節の並びだけでなく、離れた位置にある音の並びも見つけて利用できることを示した、と書いたうえで、少なくともその並びが子音で作られている場合は、と条件を付けています。

この研究では言えないこと

動画では、主な限界を1つだけ挙げました。ここでは広げます。

測ったのは脳波だけです

測ったのは、音を聞いているあいだの脳波(同期の強さと波形)だけです。犬が選ぶ、探す、指示に従うといった行動の課題や、正解率にあたる記述は、本文の方法にも結果にもありません。

聞かせたのは意味のない作り言葉です。犬が言葉の意味を理解した、という記述は本文のどこにもありません。

「犬にはできない」と読むこともできません

この記事は「犬は言葉が分かる」とも「犬は子音を聞き分けられる」とも書いていません。どちらも本文にない言い方だからです。

同時に、逆にも振りません。論文の導入では、犬が話し声の音の変化に気づくことが、先行研究として引かれています。考察では、単語を処理するときには1音の変化を無視するかもしれない、という先行研究も紹介されています。この研究が測っていないことは、できないことの証拠にはなりません。

電極は「似た位置」です

人と犬では、頭の作りも脳の大きさも違います。論文は、犬の設定にある3つの電極と似た位置にあるものとして人の3つの電極を選んだ、と書いています。同じ脳の場所を測ったとは書かれていません。

「人と同じ」と言い切れる結果ではありません

単語のリズムの窓では、種と条件の交互作用が出ています(P=0.032)。1音1音のレベルでは、人のほうがはっきり強く出ています。波形の窓でも、交互作用が出ています。そのうち450から550ミリ秒の2つ(元の波形と、取り除いた波形)については、著者が、効果の向きではなく大きさの違いを示すものだと説明しています。

20人と20頭です

規模が小さいので、どの推定も幅が広くなります。この記事の図は、そのことが見えるように幅を並べました。

比べていない犬がいます

20頭とも、今は人と暮らしている飼い犬です。実験用の犬や野犬など、今も話し声にほとんど触れていない犬とは比べていません。

ただし、「感受期に話し声の多い環境にいなかったと見られる犬と、まったく比べていない」とまでは言えません。遅い時期に人の家に来た9頭について、論文は感受期が終わるまでに話し声の多い環境にいたとは考えにくいと書いており、この9頭と早い11頭の比べ方は、論文が最初から予定していた比較の1つです。つまり「今の暮らし」と「感受期の触れ方」は別の話です。比べていないのは前者で、後者は比べています。

著者自身が書いている限界

著者は次のことを自分から書いています。

  • 遅い群については、頭数の少なさと、引き取られる前の期間の情報が欠けていることから、慎重に読む必要がある。
  • 犬にこの偏りが育ちやすいことが、生まれてからの経験によるものなのか、この種の最近の、話し声に囲まれた進化の歴史によって強められたものなのかは、未解決である。
  • 犬の子音への偏りが、家畜化より前からあるもっと一般的な聞き取りや認知の力を映している可能性も、除外できない。ただし著者は、それは考えにくいと述べ、理由を書いています。母音に似た音は古くからのイヌ科の音声で大きな役割を果たすのに対し、子音に似た雑音を含む音声(たとえば吠え声)は、野生のイヌ科にもあるとはいえ、目立つようになり多様になったのはおそらく家畜化のあいだだろう、という説明です。
  • したがって、子音への偏りが哺乳類全般に当てはまるとは限らない。
  • 音節のレベル(4ヘルツ)で犬に出た差は、単語のレベルでの差が倍音として漏れたものだろう。
  • 先行研究との食い違いについて。犬自身の名前を使った先行研究では、子音への偏りの証拠は見つかっていません。著者は、今回の課題の作り方(話し声を区切る課題)が鍵だったのだろう、単語を見分ける課題では規則を利用する必要がない、また自分の名前はほかの単語とはかなり違う脳の働きを呼ぶかもしれない、と説明しています。
  • 結論の最後の1文にも、二重の留保が付いています。話し声に触れることは、もし必要だとして、この偏りが現れるのに十分かもしれない、という書き方です。

音の言語

聞かせた音の並びの例は、論文の図1に載っています。ただし、この音がどの言語をもとにしたものかは、本文には書かれていません。日本語で同じことが起きるかどうかは、この研究からは言えません。

補足資料を見ていません

論文には、補足資料として Materials and Methods と Table S1 などがあります。この記事はそれを見ていません。犬種、年齢、性別、訓練の有無、人の参加者の属性、除外の基準、試行の数、脳波の前処理の手順は、本文には書かれていません。この記事はそれらに触れていません。

しつけや飼い方の話ではありません

この論文は、犬への話しかけ方、しつけ、指示語の選び方、訓練法について、何も調べていません。この記事も、そこには踏み込みません。

元の論文の、どこを見ればよいか

筆頭著者は Morvai、雑誌は Science、2026年の報告です。題は Neural evidence that dogs segment the speech they hear with a humanlike consonant bias で、掲載は393巻6818号の1354ページから1358ページです。

DOI のリンクは、このページの下の「元の論文」の欄にあります。

本文を見るときの手がかりを、この記事で扱った順に書きます。

  • 研究の作り:Results の最初の段落の前、導入の終わりの段落です。20人と20頭、11頭と9頭の分け方、3つの条件、音の長さ、単語の切れ目の手がかりがないこと、母音のほうが音のエネルギーが大きいことが、ここに書かれています。体を傷つけない測り方であることは、要旨の3文目にあります。
  • 聞かせた音:Fig. 1 とその説明です。単語の仲間の例、波形、周波数の成分、音節の中で音が最も大きくなる位置が並んでいます。
  • 測り方と窓の作り方:Results の最初の段落です。電極の位置、統計モデル、そして単語レベルの ITC が1.33ヘルツと3つの倍音の和であることが書かれています。
  • 単語のリズムの窓の結果:その次の段落です。人の3つの比較、犬の3つの比較、そして早い11頭と遅い9頭の比較が、この順に並んでいます。図は Fig. 2 の B です。
  • 4ヘルツと8ヘルツ:その次の段落です。波形で8ヘルツの同期が人にしか見えなかったという記述も、人だけで行った相関の解析も、同じ段落にあります。
  • 波形の解析の作り:Results の、ERP について書かれた段落の最初です。350から550ミリ秒を100ミリ秒ずつ2つに分けたこと、元の波形と4ヘルツ・8ヘルツを取り除いた波形の両方を解析したことが書かれています。
  • 元の波形の結果:そのすぐあとの段落です。350から450ミリ秒でどの2条件の比較も有意でなかったこと、450から550ミリ秒の結果、そして遅い9頭の結果が並んでいます。
  • 取り除いた波形の結果:その次の段落です。人がこの処理の350から450ミリ秒でどの条件のあいだにも差が出なかったこと、犬の2つの窓の結果、人の450から550ミリ秒の結果が並んでいます。図は Fig. 3 です。Fig. 3 の説明には、それぞれの種と処理でどの時間の窓に条件の効果が出たかも書かれています。
  • 新しさ:Discussion の最初の段落です。人だけのものではないという1文と、母音のほうが目立つから音響では説明がつかないという1文が、同じ段落にあります。
  • 育ちで分けた比較の読み方:Discussion の2番目の段落です。著者の断り(頭数の少なさと、引き取られる前の情報の欠け)も、ここにあります。
  • 著者自身の限界:Discussion の3番目の段落(家畜化の歴史と、より一般的な力の可能性)、4ヘルツについての段落、先行研究との食い違いについての段落です。
  • 結論:Discussion の最後から3つめの段落に、条件つきの結論(少なくともその並びが子音で作られている場合は)があります。二重の留保(もし必要だとして、十分かもしれない)は、いちばん最後の段落です。あいだに、倍音の和についての方法の注の段落が1つ挟まります。
  • 資金と利益相反:Acknowledgments です。著者は利益相反なしと申告しています。データ、コード、材料は Figshare で公開されていると書かれています。
  • 補足資料:Supplementary Materials の欄に、Materials and Methods と Table S1 などが挙がっています。

見方を練習するために

書名に付いているリンクは広告(アフィリエイトのリンク)です。

この回の柱を、持ち帰れる形にします。「脳が反応した」という話を見たときに、順に当てる3つの問いです。

  1. どの窓の話か。どの周波数の、単語の始まりから何ミリ秒の、どう処理したデータか。この論文のように、窓がいくつもあることは珍しくありません。
  2. 見せられているのはP値か、効果量と幅か。この論文には、P値は小さいのに効果量の幅が0をまたぐ例と、P値が0.05を超えているのに幅が0をまたがない例の、両方があります。片方だけを見せられると、印象が変わります。
  3. 出なかった結果も一緒に出ているか。この論文は、差が出なかった結果も本文に書いています。差が出た窓だけが紹介されていたら、ほかの窓がどうだったかを探してください。

紹介する本は、数字の見せ方そのものを扱った古典です。同じ数字でも、どこを切り取り、どう並べるかで受け取られ方が変わることを、たくさんの例で説明しています。この記事の3つの問いは、その考え方を脳波の研究に当てはめたものです。

1つ、はっきり書いておきます。この本を、この論文を疑うために挙げているのではありません。この論文は、差が出た数字も、出なかった数字も、本文に並べています。だから読み比べられます。気をつけるのは、こうした結果が論文の外に出て、1つの窓だけが切り取られたときです。

元の論文

Morvai B ら. Science. 2026.
https://doi.org/10.1126/science.adw7709

もっと知りたい人へ

PRこの記事には広告(アフィリエイトのリンク)を含みます。

『統計でウソをつく法』