動画で話したこと
動画では、採血の前に何時間食べずにいたかと、検査の値の関係を調べた論文を紹介しました。
先に、いちばん大事なところを書きます。
この研究で「差が大きい」と判定する線は、0ではありません。ヨーロッパの検査医学の団体(EFLM)がまとめた「許容される誤差の目安」という外の目安を先に置いて、差がそれを超えるかどうかで判定しています。そしてこの目安は、検査の項目ごとに値が違います。ブドウ糖は3.1%、中性脂肪は13.2%、γ-GT は9.2%、リパーゼは6.3%です。
この線の置き方が分かると、結果の読み方が変わります。
動画で出した数字を並べておきます。
- 絶食の時間ごとに平均を比べると、121項目のうち27項目で、区分どうしを比べたときのいちばん大きい差が、この目安を超えていました
- ところが同じ人の別の日の結果と突き合わせると、残ったのは10項目でした。残りの多くは、絶食の長さではなく、どんな人がその時間帯に検査を受けたかの違いだったと考えられます
- 8時間を切ると、ブドウ糖は平均で10.8%、中性脂肪は20.1%高くなっていました(どちらも12時間を超えて空けた場合と比べた、同じ人の中での差)
- 8時間から12時間と、12時間を超える場合のあいだでは、目安を超えた項目は1つもありませんでした。ブドウ糖はマイナス0.7%、中性脂肪はプラス2.4%です
そして、いちばん大事な限界も動画で話しました。この研究が測ったのは、検査の値がどれだけ動くかです。その動きで診断や治療の判断の境目をまたぐかどうかは、調べていません。著者自身が限界の2番目に書いています。
この記事では、動画で一言で済ませたところを全部開きます。誰を調べたのか、数字の分母は何なのか、幅はどれくらい広いのか、そして何が言えないのか。
誰を、どう分けて、いつ測ったか
くじ引きはありません
まず、研究のかたちです。これは後ろ向きの、1つの病院だけの、横断研究です。
病院の検査情報システムに残っていた記録を、あとからまとめて見たものです。絶食の時間をくじ引きで割り当てた研究ではありません。
ここは言い方を気をつけたいところです。くじ引きで分ける研究では、「割り付けどおりに比べたのか、実際に受けたかで分けて比べたのか」という区別が出てきます。この研究には、そもそも割り付けがありません。だから、どちらの比較でもありません。並べられているのは、実際にその時間だけ空けて採血を受けた人たちの記録です。
さらに、その「実際の時間」は、患者本人が採血のときに申告した時間です。著者は限界の3番目に、申告された絶食時間を確かめられなかったと書いています。
どこの、誰の記録か
- 場所は韓国・ソウル首都圏にある、670床の二次医療を担う大学病院1施設です
- 採血はすべて外来患者のもので、病院の中央採血室で採られたものだけです
- 対象は18歳以上で、絶食時間の記録がある人です
- 記録の期間は2021年2月から2023年12月まで。解析は2024年1月1日から2026年7月24日までに行われています
- 倫理審査は病院の委員会が承認し、匿名化した記録を後から見る研究のため、本人の同意は免除されています
- 観察研究の報告の手引き(STROBE)に沿って書かれています
ここで、健診との距離を確かめておきます。この研究は、健診の受診者を集めたものではありません。検査を依頼した部門ごとに、検査結果の件数の割合を見ると、内分泌が21.3%、循環器が13.7%、健診などを担う部門(論文の表では Health care center)が9.6%、消化器が9.1%、腎臓が7.9%、残りの38.4%がその他です。健診などを担う部門によるものは、全体の1割ほどです。
年齢も確かめておきます。平均は60.0歳(標準偏差16.1)、真ん中は61歳(四分位の範囲は49歳から73歳)、幅は18歳から106歳です。検査結果のうち57%が男性、43%が女性のものです。
絶食の時間は、どう記録されたか
絶食の時間は、最後の食事から採血までの時間です。外来の採血室で、採血のそのときに、30分刻みで記録されました。
ここに1つ、落とし穴があります。絶食の時間が記録されたのは、絶食が必要な検査(血糖や脂質など)が同時に1つ以上出されたときだけです。著者は限界の4番目に、だからフェリチンや甲状腺機能のような検査は、絶食が必要な検査と一緒に出されたときしか入っておらず、選択の偏りが入りうると書いています。
そして、3つの区分です。
- 8時間未満
- 8時間から12時間
- 12時間を超える
12時間ちょうどは、「8時間から12時間」の側に入ると読めます。区分の書き方が「8 to 12 hours」と「more than 12 hours」なので、12時間そのものは真ん中のグループと読めます。ただし、12時間ちょうどをどちらに入れたかを明記した文は、論文にはありません。
8時間未満の中は、さらに細かく分かれています。30分から7時間30分まで、30分刻みで15の区分です。食後の短い時間の推移を見るためです。
どの区分に、どれだけ記録があったか
ここは、数字の分母に気をつけて読むところです。次の割合は、人の割合ではなく、検査結果の件数の割合です。
- 8時間未満:810,856件(8.3%)。うち0.5時間から2時間が34%、2.5時間から5時間が57%、5.5時間から7.5時間が8.5%
- 8時間から12時間:158,724件(1.6%)
- 12時間を超える:8,785,967件(90%)
つまり、この病院の外来では、記録の9割が12時間を超える絶食のあとの採血でした。真ん中の「8時間から12時間」は1.6%しかありません。
これは、この病院の外来の記録の話です。日本の健診の受診者がどれくらい空けているか、という数字ではありません。この研究には、その情報はありません。
誰が残ったか
人数の絞り込みを図にしておきます。
この研究に入った患者と、解析に残った患者
いちばん上が、最初に対象として調べた患者です。104,076人、検査結果は1,284万件あまり、検査項目は851ありました。1つの病院の3年ほどの記録です。
2段目が、18歳未満の人と、数値にならない結果を除いたあとです。101,148人、検査結果は975万件あまり、検査項目は372に絞られました。動画で出した「10万1148人」はこの段の人数です。
3段目が、絶食の区分ごとの比較と、同じ人の別の日の結果を突き合わせる比較に使われた人数です。98,829人、検査項目は121です。ここで項目が372から121に減っているのは、記録が1000件に届かない項目を外したためです。動画で言った「121項目のうち27項目」の分母は、この121です。
| 対象として調べた外来患者(検査結果12,841,032件、検査項目851) | 104076人 |
|---|---|
| 18歳未満と数値でない結果を除いたあと(検査結果9,755,547件、検査項目372) | 101148人 |
| 絶食の区分ごとの比較と、同じ人の中での比較に使われた患者(検査結果9,689,234件、検査項目121) | 98829人 |
いちばん上は、最初に対象として調べた患者の数です。18歳未満の人と、数値にならない結果を除いたあとが2段目です。3段目は、絶食の区分ごとの比較と、同じ人の別の日の結果を突き合わせる比較に使われた人数です。この段で人数が減っているのは患者を除いたからではなく、記録が1000件に届かない検査項目を解析から外した結果として、そこに残った患者の数という意味です。検査項目の数は851から372へ、そして121へ絞られています。8時間未満の中の時間の推移を見た解析は、この図とは別の枝で、19,327人・69項目で行われています。
論文のどこ:論文の Figure(データの選び方と解析の流れ図)です。1段目と2段目の数字は、Results の最初の段落にも出てきます。3段目の98,829人は流れ図のほうにだけ載っています
解析は3本立てです
ここが、この論文のいちばん丁寧なところです。同じデータに3通りの見方をしています。
1つめ。絶食の区分ごとに、平均を比べる。
年齢、性別、検査を依頼した診療科で調整した平均を、患者ごとに切片を置いた線形混合モデル(同じ人から何度も採られた結果を、独立した別々の結果として扱わないための作り方)で推定しています。
ここで項目を絞っています。モデルには38のパラメータ(切片、絶食の区分の2つの目印、年齢、性別、依頼した診療科の33の目印)があり、1つのパラメータに10件という一般的な目安なら380件あればよいところを、より厳しく「1000件以上の記録がある項目」に限りました。これで121項目になりました。
2つめ。同じ人の中で比べる。
ここが要です。同じ検査を、別の受診のときに、違う絶食時間のもとで受けた人だけに絞り、その人の2回の測定値の差を取っています。
同じ人の中で引き算をすれば、体質のように動かない個人差は、そのまま消えます。1つめの比べ方では、「8時間未満のグループ」と「12時間超のグループ」が別々の人たちなので、絶食の長さの違いと、人の違いが混ざります。2つめの比べ方は、その混ざりを減らすための作り方です。
ただし、消えるのは動かない個人差だけです。著者は限界の5番目に、時刻、間に起きた病気、受診のあいだの薬の変更のような「時とともに変わる交絡」は取り除けないと書いています。
もう1つ、条件が付きます。組になった人が30人未満の比較は、推定していません。だから、論文の結論のうち「8時間から12時間と、12時間を超える場合のあいだ」について述べた一文には、「推定できた差のうち」という限定が付いています。
3つめ。8時間未満の人の中で、時間の推移を見る。
食後30分から7時間30分までを30分刻みの15区分として扱い、それぞれの時点の調整後の平均を出しました。別のモデルでは、絶食の時間を連続量として扱い、1時間あたりどれだけ動くかという傾きを出しています。こちらは69項目で、19,327人分です。
解析には R の4.3.3が使われています。
この数字は、何を指しているか
ここは、動画で一言で済ませたところです。数字の意味を1つずつ開きます。
「差が10.8%」の分母は何か
同じ人の中での差は、百分率で書かれています。この百分率の分母は、組になった人たちの中での「基準にするグループ」の平均です。
そして基準にするのは、いつも長く絶食した側です。たとえば「8時間未満 対 12時間を超える」の比較では、12時間を超える側が基準です。
だから「ブドウ糖が10.8%」は、こう読みます。同じ人について、8時間未満で採った値と、12時間を超えて採った値を見比べると、前者のほうが平均して10.8%高かった。その10.8%は、12時間を超えて採ったときの平均を100としたときの値です。
これは平均の差です。著者は限界の2番目で、平均の差から「どれくらいの頻度で起きるか」は推し量れないと書いています。自分の値をこの百分率で割り戻すような使い方はできません。
「許容される誤差の目安」とは何か
論文が判定に使ったのは、分析の性能についての目安です。言い換えると、検査結果の差がこれより小さければ、臨床的な解釈に実質的な影響を与えないとされる、最大の差です。
論文が使ったのは、ヨーロッパの検査医学の団体(EFLM)がまとめている生物学的変動の一覧から取った、許容される総誤差の値です(2026年7月6日に参照しています)。
ここで、この目安の性格が大事です。論文は、この値が技術や規制の都合ではなく、各項目の体の中の自然なばらつきを反映するものだと書いています。つまり「機械がこれくらいしか正確に測れないから」ではなく、「体の中でこれくらいは勝手に揺れているから」という向きの数字です。
論文の言い方をそのまま置いておきます。目安より小さい差は臨床的に重要になりにくく、目安を超える差は、臨床的な解釈や判断を変えるほど大きいかもしれない。
「かもしれない」であって、「変わる」とは書いていません。ここは後で限界のところにもう一度出てきます。
そして、なぜこんな目安を持ち込んだのか。論文の序論に書かれています。これまでの研究は、臨床的な意味の目安を示さずに「統計的に有意」と報告してきた。だから、統計的に有意なだけの差と、意味のある大きさの差を分けるために、外から目安を置いたのです。
目安の値は、項目ごとに違います
ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。判定の線は1本ではありません。この記事で名前が出てくる項目について、論文の表にある目安の値を並べておきます。すべて百分率です。
- ブドウ糖:3.1%
- HbA1c:1.6%
- 中性脂肪:13.2%
- 総コレステロール:4.3%
- HDL コレステロール:5.3%
- LDL コレステロール(直接法):6.2%
- γ-GT:9.2%
- 総ビリルビン:12.3%
- LDH:3.4%
- アミラーゼ:6.5%
- リパーゼ:6.3%
- 25-OH ビタミンD:6.7%
- 好中球の実数:8.8%
- リンパ球の割合:7.5%
- 好酸球の割合:14.9%
中性脂肪の13.2%と、ブドウ糖の3.1%を見比べてください。4倍以上違います。同じ「5%の差」が、ブドウ糖では目安を超え、中性脂肪では目安の内側に入ります。
だから「何%の差だったか」だけを見ても、この論文の判定は再現できません。必ず、その項目の目安と並べて見る必要があります。
目安が無い項目もあります
すべての項目に目安があるわけではありません。論文は、乳酸には EFLM の目安が無いと書いています。表の中では、プロトロンビン時間の%と INR の欄も「該当なし」になっています。
これが、論文の結論の書き方に効いています。結論は「8時間から12時間と12時間を超えるあいだで、推定できた同じ人の中の差のうち、利用できる目安を超えるものはなかった」という形です。二重の限定が付いています。
- 「推定できた」:組になった人が30人未満の比較は、そもそも推定されていません
- 「利用できる」:目安が無い項目は、判定の対象になっていません
だから「どの検査も差がなかった」と読むと、言い過ぎになります。
単位と、換算のこと
論文の表に並んでいる調整後の平均は、従来単位です。ブドウ糖なら mg/dL、中性脂肪なら mg/dL、肝酵素なら U/L です。
SI 単位への換算係数は、表の脚注にまとめられています。たとえば次のとおりです。
- ブドウ糖:mg/dL に0.0555を掛けて mmol/L
- 中性脂肪:mg/dL に0.0113を掛けて mmol/L
- 総コレステロール、HDL、LDL:mg/dL に0.0259を掛けて mmol/L
- AST、ALT、γ-GT、LDH、アミラーゼ、リパーゼ:U/L に0.0167を掛けて μkat/L
- 総ビリルビン:mg/dL に17.104を掛けて μmol/L(この行だけ、論文の脚注は mmol/L と書いています。17.104 は μmol/L への係数です)
- 25-OH ビタミンD:ng/mL に2.496を掛けて nmol/L
HbA1c は mmol/mol で示されています。論文の考察には「おおよそ48から49 mmol/mol」という書き方が出てきます。
ただし、今回の判定はすべて百分率で行われています。差を百分率にしてしまえば単位は消えるので、換算の違いは判定には効きません。換算係数が要るのは、調整後の平均の値を自分の見慣れた単位で読みたいときだけです。
「27項目」の分母は、372ではありません
要旨を読むときに、1か所だけ気をつけるところがあります。
要旨は「372項目の検査結果」と書いたすぐあとに、「群間の比較で27項目に目安を超える差が出た」と続けます。この並びだと「372項目のうち27項目」と読めてしまいます。
正しくは「121項目のうち27項目」です。本文と、論文の冒頭の要点欄は、どちらも「121項目のうち27項目」と書いています。27の分母は、記録が1000件以上あった121項目です。
分母が372なら7.3%、121なら22.3%です。印象が変わります。
表の最後の列の「Yes」と「No」の意味
項目ごとの表を見るときに、知っておくと役に立つことがあります。
表のいちばん右の列は「目安を超えたか」で、Yes か No が入っています。この判定は、絶食の区分ごとに比べたときの「最大の差」が目安を超えたかを示しています。同じ人の中での差についての判定ではありません。
だから、次のようなことが起こります。
- リンパ球の割合:同じ人の中での差はマイナス7.8%で、目安の7.5%より大きいのに、判定の欄は No です。区分ごとに比べたときの最大の差が6.2%だからです
- HbA1c:同じ人の中での差はプラス2.2%で、目安の1.6%より大きいのに、判定の欄は No です。区分ごとに比べたときの最大の差が0.7%だからです
同じ表の中に、2つの違う比べ方の数字が並んでいます。どの列を見ているかで結論が変わります。
結果を、幅で見る
ここからが数字そのものです。差の値と、その幅(95%信頼区間)と、その項目の目安を、いつも3つ並べて書きます。
幅の読み方を先に書いておきます。幅は、この研究の人数で、どのあたりに収まりそうかを示した範囲です。幅が広い項目は、組になった人が少なかったか、もともとのばらつきが大きかった項目です。中心の数字だけを見ると、この違いが消えます。
8時間を切ったときに、同じ人の中でも残った差
区分ごとに比べて目安を超えた27項目のうち、同じ人の中での比較でも再現したのは10項目でした。論文の本文に名前が出ているのは、そのうち9項目です。
数字が書かれている6つを、8時間未満と12時間を超える場合の比較で並べます。プラスは8時間未満のほうが高い、マイナスは12時間を超えたほうが高いという向きです。
- ブドウ糖:プラス10.8%(幅は10.0から11.6)。目安は3.1%。超えている
- 中性脂肪:プラス20.1%(幅は17.4から22.8)。目安は13.2%。超えている
- γ-GT:プラス14.8%(幅は3.9から25.7)。目安は9.2%。中心の値は超えているが、幅の端のうち0に近い側は3.9%で、目安の9.2%より小さい
- リパーゼ:プラス36.4%(幅は15.7から57.1)。目安は6.3%。超えている。ただし幅がとても広い
- 総ビリルビン:マイナス17.0%(幅はマイナス18.2からマイナス15.9)。目安は12.3%。超えている
- 25-OH ビタミンD:マイナス9.9%(幅はマイナス14.4からマイナス5.4)。目安は6.7%。中心の値は超えているが、幅の端のうち0に近い側は5.4%で、目安の6.7%より小さい
残りの3つは、名前だけが挙げられています。全血のブドウ糖、CA125、総二酸化炭素です。10項目のうち、本文に名前が出ているのは、ここまでに挙げた9項目だけです。残りの1項目の名前は、論文の本文からは分かりません。
ここで、幅の広さを見てください。リパーゼは15.7から57.1です。中心は36.4ですが、本当のところは15.7かもしれないし、57.1かもしれないという幅です。論文の考察も、膵酵素については組になった人の数が少ないので解釈には注意が必要だと書いています。
γ-GT と25-OH ビタミンD は、さらに注意が要ります。幅の一方の端が、目安の線の内側に入っています。「目安を超えた」という判定は中心の値についてのもので、幅の全体が目安の外にあるという意味ではありません。
12時間を超えて延ばしたときに、何が起きたか
次が、動画の結論に当たるところです。8時間から12時間と、12時間を超える場合の比較です。基準にするのは、ここでも長く絶食した側(12時間を超える場合)です。プラスは8時間から12時間のほうが高い、マイナスは12時間を超えたほうが高いという向きです。
- ブドウ糖:マイナス0.7%(幅はマイナス1.4から0.0)。目安は3.1%
- 中性脂肪:プラス2.4%(幅は0.1から4.6)。目安は13.2%
- γ-GT:プラス0.9%(幅はマイナス5.4から7.3)。目安は9.2%
この3つとも、目安の内側です。そして論文は、この比較では目安を超えた項目が1つもなかったと書いています。
ここで、中性脂肪をもう一度見てください。プラス2.4%で、幅は0.1から4.6です。この幅は0をまたいでいません。0をまたぐかどうかで判定する図を描けば、「差がある」と読めてしまいます。
しかし、論文の判定は「超えていない」でした。目安は13.2%で、2.4%はその内側だからです。
これが、この回で図を1つしか使っていない理由です。0の線を引くと、この論文と逆の読み方を誘ってしまいます。この研究の判定の線は0ではなく、項目ごとに違う目安の値です。
区分ごとの平均も見ておきます
調整後の平均そのものも並べておきます。これは、年齢、性別、依頼した診療科をそろえたときの平均の推定値です。実際の測定値をそのまま平均したものではありません。
ブドウ糖(mg/dL)
- 8時間未満:120.75(幅は118.27から123.24)
- 8時間から12時間:111.87(幅は109.32から114.42)
- 12時間を超える:111.88(幅は109.43から114.34)
真ん中と下の2つを見比べてください。111.87と111.88です。ほとんど同じ値です。
中性脂肪(mg/dL)
- 8時間未満:150.41(幅は142.21から158.61)
- 8時間から12時間:118.33(幅は110.03から126.62)
- 12時間を超える:126.09(幅は118.11から134.07)
こちらは、少し不思議な並びです。8時間から12時間(118.33)のほうが、12時間を超える場合(126.09)より低く出ています。長く絶食したほうが中性脂肪が高いように見えます。
ところが、同じ人の中で比べると、この差は再現しませんでした(プラス2.4%で、目安の内側)。論文は、区分ごとの比較で見えた「長い絶食のほうが脂質と肝酵素が高い」という見え方は、同じ人の中では再現しなかったと書いています。
ここは、向きまで入れ替わっています。区分ごとの平均では、8時間から12時間(118.33)のほうが12時間を超える場合(126.09)より低い向きです。一方、同じ人の中での差はプラス2.4%で、8時間から12時間のほうが高い向きです。同じ人の中での差は目安の内側ですが、比べ方を変えると向きまで変わることがあるという例です。
動画で触れなかった数字を、目安と並べて見る
動画では触れなかった数字です。すべて8時間未満と12時間を超える場合の、同じ人の中での比較です。
脂質
- 総コレステロール:マイナス1.3%(幅はマイナス1.7からマイナス1.0)。目安は4.3%。内側
- HDL コレステロール:マイナス2.7%(幅はマイナス3.4からマイナス1.9)。目安は5.3%。内側
論文の考察は、総コレステロールと HDL の差は3%以内で、以前の研究と整合し、臨床的に許容されるばらつきの内側だと書いています。
白血球の内訳
- 好中球の実数:プラス8.2%(幅は7.1から9.3)。目安は8.8%
- リンパ球の割合:マイナス7.8%(幅はマイナス8.3からマイナス7.3)。目安は7.5%
- 好酸球の割合:マイナス8.7%(幅はマイナス10.2からマイナス7.3)。目安は14.9%
論文は、この3つをいずれも目安に近いか、目安の内側と書いています。そして8時間から12時間と12時間を超える場合のあいだでは、差がなかったとも書いています。
ここには、別の説明が添えられています。短い絶食の検体は、必然的に日中の遅い時間に採られます。白血球のこうした細胞には、よく知られた日内の変動があります。だから、この小さな差を日内の変動から切り分けるのは難しいと、論文自身が書いています。
膵酵素
- リパーゼ:プラス36.4%(幅は15.7から57.1)。目安は6.3%。超えている
- アミラーゼ:プラス4.6%(幅は0.2から8.9)。目安は6.5%。超えていない
アミラーゼの幅は0.2から8.9です。0をまたいでいませんが、中心の4.6%は目安の6.5%を超えていません。ただし幅の上端8.9%は目安より大きいので、「目安の内側だと確かめられた」という意味ではありません。ここも、0の線では判定できない例です。
そして、どちらも8時間から12時間と12時間を超える場合のあいだでは、目安を超えませんでした。
差があるのに「絶食のせいではない」とされた項目
ここは、この論文の中でいちばん面白いところです。
区分ごとの比較では差がなかったのに、同じ人の中での比較では差が出た項目がありました。
- グリコアルブミン:プラス3.8%(幅は0.3から7.4)
- HbA1c:プラス2.2%(幅は1.1から3.3)。目安は1.6%
どちらも8時間未満のほうが高く、幅は0をまたいでいません。HbA1c は目安の1.6%も超えています。
ところが著者は、これを絶食の影響ではないと明記しています。理由が3つ書かれています。
- この2つは、数週間から数か月の平均を表す指標です。1回の絶食の長さで急に動くものではありません
- 半減期の違う2つの指標が同じ向きに動いたことは、絶食の影響ではなく、受診したときの血糖の状態そのものが2回の受診で違っていたことを示しています。短い絶食の採血は、予定外の受診や経過観察のときに多く、そういうときは血糖の管理が良くない時期にあたりやすい
- 8時間から12時間と12時間を超える場合のあいだでは差がなく、大きさも臨床的に取るに足らない範囲でした(HbA1c でおおよそ48から49 mmol/mol)
著者の結論はこうです。同じ人の中で比べれば、動かない個人差は取り除ける。しかし、検査を受けたときの状況に伴う「時とともに変わる交絡」は取り除けない。だからこれを本当の絶食の影響と解釈してはいけない。
同じ節には、もう1つの例もあります。高感度 CRP も統計的に有意になりましたが、組になった人はわずか31人でした。
食後の時間で、何がどう動いたか
3つめの解析です。8時間未満の人の中だけで、食後30分から7時間30分までの推移を見ています。69項目が対象です。
直線的な傾向が出たのは、69項目のうち15項目でした。血色素、ヘマトクリット、赤血球数がわずかに上がる動きは、軽い血液の濃縮と整合すると書かれています。電解質、総タンパク、アルブミン、白血球の内訳にも小さな変化がありました。
そして、ここがこの解析の結論です。ブドウ糖と乳酸を除くすべての項目で、食後0.5時間と4時間の差は目安の内側に収まりました。
例外の2つを見ます。
- ブドウ糖:絶食が1時間長くなるごとに4.3 mg/dL 下がっていました(幅は3.9から4.7)。食後0.5時間の134.0 mg/dL から、4時間の113.3 mg/dL へ、マイナス15.4%です。それ以降はほぼ横ばいでした。目安の3.1%を超えています
- 乳酸:同じ区間でマイナス27.9%でした。ただし、乳酸には EFLM の目安がありません
脂質(総コレステロール、HDL、LDL、中性脂肪)には、この時間の幅では有意な短期の傾向はありませんでした。
ここで、表の読み方の注意が1つ付いています。表に並ぶ「0.5時間と4時間の差」は、時間を区分として扱った推定から取ったものです。だから傾きの向きと一致しないことがあります。実際、好中球の実数は傾きがプラスですが、0.5時間と4時間の差はマイナス3.7%です。
なお、この論文ではp 値がほとんど出てきません。出てくるのは、この表の脚注の1か所(直線的な傾向の判定は P 値が0.001未満)だけです。判定はほぼすべて、差の値と目安の比較で行われています。
この研究では言えないこと
動画では、いちばん大事な限界を1つだけ話しました。ここでは、著者が挙げた6つを全部書き、それに読み方の注意を足します。
著者が挙げている限界(6つ)
- 1つの病院の、外来の採血に限られます。韓国の二次医療の病院1施設です。患者の構成、その病院のやり方、検査の方法に伴う偏りが入りうるので、ほかの場所に当てはめられる範囲は限られます
- 絶食による差が、臨床的に意味のある判断の境目をまたぐ頻度は評価していません。たとえば空腹時の血糖が診断の境目をまたぐか、LDL が治療目標をまたぐか。ほとんどの項目で差は小さかったので、そうした入れ替わりはおそらくまれだと著者は書いていますが、平均の差からその頻度は推し量れません。そして境目の近くにある値では、影響が大きくなりうるとも書いています
- 後ろ向きの研究なので、食事の内容をそろえられず、患者が申告した絶食の時間も確かめられませんでした。栄養素の組み合わせも検査値に影響しうること、習慣的な食事は集団ごとに違うので、ここで示された食後の差の大きさはほかの集団には当てはまらないかもしれないことが書かれています
- 絶食の時間が記録されたのは、絶食が必要な検査が同時に出されたときだけです。そのためフェリチンや甲状腺機能のような検査は、絶食が必要な検査と一緒に出されたときしか入っていません。選択の偏りが入りうると書かれています
- 同じ人の中での比較でも、時とともに変わる交絡は取り除けません。時刻、間に起きた病気、受診のあいだの薬の変更などです
- 対象が高齢に偏っています(真ん中が61歳、四分位の範囲は49歳から73歳)。食後の反応は年齢や性別(閉経の状態も含む)で違いうるので、閉経前の女性のような若い成人に当てはまるかは分からないと書かれています
そして著者は、前向きで多施設の、手順をそろえた研究で確かめることが有用だろうとしています。韓国の国民健康栄養調査のような、集団を代表するデータとの突き合わせも、さらに役に立つだろうとしています。
この記事から足す、5つのこと
1つめ。判定の線そのものが、動きます。
論文が使った目安の一覧は、新しい研究が出るたびに更新されると論文自身が書いています。つまり、同じデータでも、参照した時点が違えば判定が変わる可能性があります。この論文が参照したのは2026年7月6日です。
2つめ。目安が無い項目は、判定されていません。
乳酸には目安がありません。プロトロンビン時間の%と INR も「該当なし」です。「目安を超えた項目はゼロ」は、「目安がある項目のうち」という条件つきの言い方です。
3つめ。推定されていない比較があります。
組になった人が30人未満の比較は、そもそも推定されていません。区分ごとの比較で目安を超えた27項目のうち、同じ人の中では有意でなくなったものと、30人未満で推定できなかったものを合わせて17項目です。この2つは論文の本文では分けて数えられていません。
4つめ。10項目のうち、名前が分かるのは9項目です。
同じ人の中で再現したのは10項目ですが、論文の本文に名前が出ているのは9項目だけです。残りの1項目の名前は、本文からは分かりません。ですから「再現した10項目はこれです」という形の一覧は、論文の本文からは作れません。
5つめ。これは「健診の受診者」の研究ではありません。
検査結果のうち、健診などを担う部門(論文の表では Health care center)によるものは9.6%です。残りは内分泌、循環器、消化器、腎臓などの外来によるものです。年齢の真ん中は61歳です。
論文が述べている含みは、どこ向けか
ここは誤解が起きやすいところなので、論文の言い方をそのまま置きます。
論文は、伝統的な硬直した絶食の要件は、項目ごとのやり方へ見直す価値があるかもしれないと書いています。「かもしれない」です。そして、その見直しの相手は、検査の前の準備をどう決めるかという、検査室と医療者の側のやり方です。
同時に、次のことも書いています。
- 血糖か、正確な脂質の測定が目的なら、8時間以上の十分な絶食は保つべき。他の多くの検査ではもっと柔軟でよいかもしれない
- 8時間以上の絶食は、正確な空腹時の血糖の測定と糖尿病の検査には引き続き必要だと、この研究で確かめられた
- 12時間を超える絶食は、中性脂肪を含めどの項目でも測れるだけの利点がなく、患者にとって避けられる負担である
- 前向きの多施設の研究で確かめられれば、この項目ごとのやり方は、検査の正確さを保ったまま負担を減らしうる
- ごく短い絶食の結果は、食後に動く一部の項目では慎重な解釈が必要だと、医師は知っておくべきである
つまり、まだ確かめる段階です。そして健診の案内に書かれた時間は、そのまま守ってください。この研究は韓国の1施設の外来の記録で、判定が入れ替わる頻度も調べていません。
資金と利益相反
この研究は、韓国政府(MSIT)が資金を出す韓国国立研究財団(NRF)の助成を受けています(助成番号 RS-2024-00335644)。
資金の提供者は、研究の設計と実施、データの収集・管理・解析・解釈、原稿の作成・確認・承認、投稿の判断のいずれにも関与していないと書かれています。利益相反の申告はありません。企業の名前は挙がっていません。
この論文はオープンアクセスですが、ライセンスは CC-BY-NC-ND です。改変と商用の利用は認められていません。だから、この記事には論文の図をそのまま載せていません。図は数字から描き直しています。
元の論文のどこを見ればよいか
元の論文は、次のとおりです。
Shin S, Kim S, Yu S, Yoo SJ, Park K, Chang J, Um TH, Cho CR, Whang DH. Fasting Duration and Differences Across Routine Laboratory Tests. JAMA Internal Medicine. 2026.
DOI のリンクはこちらです。https://doi.org/10.1001/jamainternmed.2026.4718
この記事で扱ったことが、論文のどこにあるかを並べておきます。
- 研究の場所、対象、記録の期間:Methods の Study Population の節。要旨の Design, Setting, and Participants の欄にも同じ内容があります
- 絶食の時間の記録のしかた(採血のときに30分刻み、絶食が必要な検査が同時に出たときだけ):同じ節の終わり
- 3つの区分と、8時間未満の中の30分刻み(30分から7時間30分まで):Methods の Study Population の節の最後の段落(要旨の Exposure の欄には、3つの区分だけがあります)
- 121項目に絞った理由、調整した中身(年齢、性別、依頼した診療科):Methods の Statistical Analysis の節の、For the between-group comparison で始まる段落
- 同じ人の中での比較の作り方、基準が長く絶食した側であること、30人未満は推定しないこと:同じ節の、For the paired within-person comparison で始まる段落
- 8時間未満の中を15の区分として扱ったこと:同じ節の、For the subgroup fasting less than 8 hours で始まる段落
- 許容される誤差の目安の説明と、それが更新されうること:同じ節の、Analytical performance specifications で始まる段落
- 人数の絞り込み(104,076人から101,148人へ):Results の最初の段落。121項目の解析に残った98,829人は、Figure の流れ図のほうにだけ載っています
- 年齢、性別、検査の種類の内訳、依頼した診療科、絶食の区分ごとの件数:Table 1
- 121項目のうち27項目:Results の Between-Group Differences in Adjusted Means の節
- 同じ人の中で再現した10項目と、6つの数字:Results の Within-Person Differences by Fasting Duration Group の節の最初の段落
- 8時間から12時間と12時間を超える場合の比較(ブドウ糖、中性脂肪、γ-GT):同じ節の2つめの段落
- 白血球の内訳:同じ節の3つめの段落
- 膵酵素(リパーゼとアミラーゼ):同じ節の4つめの段落
- グリコアルブミンと HbA1c、高感度 CRP の31人:同じ節の5つめの段落
- 項目ごとの調整後の平均、同じ人の中での差、目安の値、Yes と No の判定:Table 2。判定の列が「区分ごとの最大の差」についてのものだということは、表の脚注に書かれています
- 単位の換算係数:Table 2 の脚注
- 食後の推移(ブドウ糖と乳酸、15項目の直線的な傾向):Results の Linear Regression Analysis of Subgroup Fasting Less Than 8 Hours の節と、Table 3。傾きの向きと0.5時間対4時間の差が一致しないことがあるのは、Table 3 の脚注
- 区分ごとの比較と同じ人の中での比較が食い違ったこと、日内の変動の話:Discussion の、A notable finding was the discordance で始まる段落
- HbA1c とグリコアルブミンを絶食の影響ではないとした説明:Discussion の、その次の段落
- 限界6つ:Discussion の Limitations の節。この記事に並べた順と同じ順で書かれています
- 項目ごとに決めるという含み、8時間以上を保つべき場合、12時間を超える絶食のこと:Conclusions の節
- 資金、利益相反、資金提供者の関与、ライセンス:論文の末尾の、記事情報の欄
見方を練習するために
この回の芯は、1つです。
数字を見たら、何と比べて「大きい」と言っているのかを探すこと。
この論文は、そこをいちばん丁寧にやっています。差が何%だったかを並べるだけでは終わらせず、先に外から目安を持ってきて、それを超えるかどうかで判定しました。そして、その目安は項目ごとに違います。ブドウ糖は3.1%、中性脂肪は13.2%です。
だから、同じ「2.4%の差」が、こう読み分けられます。中性脂肪の2.4%(幅は0.1から4.6)は、幅が0をまたいでいません。統計の言い方では「差がある」側です。しかし目安の13.2%には遠く届きません。だから論文は「超えていない」と判定しました。
0をまたぐかどうかと、意味のある大きさかどうかは、別の問いです。この論文は、その2つを分けるために、わざわざ外の目安を置きました。
比べる相手が変われば、同じ数字の見え方も変わります。そこを扱った本として、『統計でウソをつく法』を挙げておきます。グラフの軸をどこで切るか、何と比べて見せるか、割合の分母に何を置くか。そうした「見せ方」で印象がどれだけ変わるかを、具体例で追っていく本です。このページの下に、この本のリンクを置いています。
最後に、この回で言えたことと、言えなかったことをもう一度書いておきます。
言えたこと。この病院の外来の記録では、8時間から12時間空けた場合と、12時間を超えて空けた場合のあいだで、推定できた比較のうち、目安がある項目では、目安を超えた差は1つもありませんでした。12時間より先に延ばす意味は、この研究では見つかりませんでした。一方、8時間を切ると、ブドウ糖や中性脂肪のように動く検査があります。
言えなかったこと。測ったのは検査の値がどれだけ動くかで、その動きが診断や治療の判断の境目をまたぐかどうかは調べていません。対象は韓国の1施設の外来患者で、年齢の真ん中は61歳です。絶食の時間は本人の申告で、確かめられていません。食事の内容もそろえられていません。
そして、健診の案内に書かれた時間は、そのまま守ってください。この研究が見直す余地があるとしたのは、検査の前の準備をどう決めるかという、検査室と医療者の側のやり方です。前向きの多施設の研究で確かめる段階にあると、論文自身が書いています。
元の論文
Shin S ら. JAMA Intern Med. 2026.
https://doi.org/10.1001/jamainternmed.2026.4718
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